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【ひとこと作品紹介】鏡の国のアリス

hitokoto_img第16回

鏡の国のアリス

執筆者:事務局


ルイス・キャロルの名作と同タイトルがつけられた寓話のような物語。

美しい妻には怪しい秘密がある。
だが、二人のためにはそのことを決して疑ってはいけない……
90年代に描かれた大人のおとぎ話には血の匂いが漂う!!

【作品名】
『鏡の国のアリス』

【掲載誌】
1989年「ビッグコミック」(小学館) 10月25日号

【単行本】
未収録

【ページ数】
24ページ

【あらすじ】
真夜中、店を閉めた西麻布の老舗青果店「八百麻」。
夜な夜なカラオケへと出掛けていく義母を見送った女主人ユキのところへ、ご近所の島田が乗り込んでくる。
「あんたんとこ大使館へは出前しても、うちら一般家庭には断るの?」
そう言うといきなり持っていた大根でユキを殴る。
すかさずユキもジャーマンスープレックスで応戦。
怯まぬ相手はついに銃を取り出し……
闘い慣れた雰囲気の二人、いつしか店内は戦場と化していた。
途中、酔っぱらって気持ちよく帰宅した亭主には何事もないかのように風邪薬を飲ませて寝かしつけるユキ。
その後、敵側に助っ人が現れてバトルは再開。

実はご近所の人たちの中に東側のスパイが何人か紛れ込み、西側のスパイであるユキが盗み出した自国のスパイ名簿を奪い返すのが目的だった。
外には銃を持ったバックアップたちが待ち受ける中、果たしてユキは無事に入手した情報を仲間に渡すことができるのか?

【キャラクター紹介】
【ユキ】
苦しい家計をやりくりしながら八百屋を営む女主人。
暗号名「雪女郎のアリス」と呼ばれるCIAのA級スパイ。
正体を隠してカズオと結婚した。
【カズオ】
売れない小説家で店の売上に貢献していないと母に嘆かれている。
自分のことが信じられなくなったら別れるとユキには約束させられているものの、どこかで浮気を疑っている。
水なしでは薬が飲めない。
【カズオの母】
「八百麻」の四代目。
現在はユキに店を預け毎晩六本木で夜明けまでカラオケ三昧。
【島田妙子】
古くなった野菜に文句をつけ「島田のババァ」と嫌われているご近所の主婦。
実はKGBのスパイで王珠理やリン・サン・フイといった偽名も使う。
バックアップ10人を引き連れて乗り込んでくる。
【メッセンジャーの男】
機密情報をピックアップしにきたユキの仲間。
業界で「鏡の国のアリス」と恐れられているユキの実力を高く買っている。

【作品解説】
冒頭で寓話的と書いたがそれは全編を読み終えた後の印象であり、作品自体は読者の期待に応える痛快アクション、あるいはスラップスティック・コメディを堪能することができる。
実際、本作をどこか16ページ切り取れば『ビタミンI』や『うるとらSHE』などビッグ誌連載のお色気コメディシリーズ中の一編として通用するほどの荒唐無稽さだ。
何故か深夜に、西麻布にある八百屋の店先で各国スパイたちによる重要機密の争奪戦が繰り広げられるナンセンス。
その意外性は子供たちが寝静まってから一斉に箱から飛び出して踊りだすオモチャたちの出てくるファンタジーにも似ているが、それが銃撃戦や肉弾戦による命の取り合いとなってしまうのが望月マンガ。

あらかじめ敵が攻めてきた時のことを想定して店のいたるところにはブービートラップが仕掛けられ、コンロや売り物の大根といった身の回りにある物を駆使して戦いが行われる。
どんなモノでも全てが武器になるのだ。

ここで機密情報が収められた重要なアイテムとして登場するのが、スチルカメラ(!)のキヤノンRC-250。
ビデオカメラの原理で2インチのフロッピーディスクに静止画を50枚ほど記録できる当時の最新式カメラで、1988年の12月に発売されたこの機種はついに価格が10万円を切り「Q-PIC」の愛称で人気となった。
本体に再生装置を内蔵しているためテレビに接続することによりその場で撮った内容を確認できるのも特徴で、作中では敵スパイたちが
「普通のカメラならスピード現像でも1時間、まして夜中では朝までD・P屋(DPE)はおやすみ。そこへいくとこのディスクカメラならテレビへつなげば即、見える。」
と追っ手を気にしながら情報がホンモノかを確認するシーンが描かれている。
「くわしいのね…扱いに。」
「キョービ、スパイ技術も進んでるのよ。ついていかないと若いものにバカにされますわよ、奥さま。」

他にも闇の中で僅かな光を感知する暗視ゴーグルで襲ってきた敵に対して、しっかり攻略手段が考えられた上で難なく対抗している。
日頃から新しいものを目にしては
「お、コレはこうすれば武器になるゾ」
「コレで攻めてきたらこうやれば勝てるな!」
とアレコレ良からぬコトを考えている証拠だ。
世界には新製品や最新設備を絶対に教えてはいけない人間が二人いる、ジャッキー・チェンと望月三起也だ。
アレを使って戦う、ソコで戦う!……必ず戦いに結びつけてしまうから危険この上ない。

さて、次にキャラクターに目を向けると二人の助演男優の存在が大きい。
一人はユキの愛する旦那さんで少々ひがみ気味な性格のカズオ。
草波検事、あるいは『Jドール』の宿敵・青柳、『誇大史』の博士や『華やかな激突』でのゲスト出演など、いつもは敵に回すと恐ろしい冷酷さを秘めた物静かなイメージのキャラだが、今回は母親からはバカ息子と呆れられ、妻にメロメロながら自分の知らない所で男を引っ張り込んでるんじゃないかと疑心暗鬼になったりと実に情けない。
ただカタブツな人物ほど、ついからかってみたくなるもの。
普段、生真面目でデキる男が稀に見せる困惑した姿は、そのギャップから面白く見えてしまうもので、コメディリリーフとしても魅力的だ。
そんな意味でもやはり彼は川津祐介であり、寺田農であり、中井貴一なのかもしれない。
もっとも望月先生曰く、モデルは淀川長治とのことだが。
泣き叫びながらユキに駆け寄り必死で愛を訴えるシーンでは切なく感動的ながらクスっとなってしまう。
殺し合いの続く冷ややかなスパイとは別世界の、ユキが正体を偽ってでも求めた平穏で呑気な暮らしの代表格のような存在に見えてくる。

もう一人、クライマックスでわずかに登場する『新ワイルド7』の水戸っぽキャラがプロらしい風格でキリっと話を締めにかかる。
何故かCOP .357とともに扉絵の扱いの方は主役級で、本編は「あれ?コレだけ」と拍子抜けすること間違いなし。
腕まくりしたジャケットが最も似合う望月キャラとして、彼も忘れてはいけない存在だ。

『Jドール』

『誇大史』

『華やかな激突』


スピード感のあるストーリーと凝った構図の組合せは非常に相性が良く、狭い店内を上から横からクルクルとカメラ位置を変えながら展開するバトルは分かりやすいだけでなく、例えば夫婦で会話する真上には敵が吊るされていたり、屋根から飛び込んだ先には台が抜けて竹やりが仕込んだ罠があるなど、まるでマジックを見ているかのごとくコチラ側はこういう仕掛になっていたのか?と錯覚を起こしそうになる。
冒頭のカラーページでいきなり大使館員との浴槽で組んず解れつのサービスシーンなども秀逸だ。
ホテルで絡み合う二人なのかと思えば、実は絶体絶命のピンチの場面なのだと分かり、それが機転により一気に大逆転!……と回り込む視点とともに次々と別のものが見えてくるトリックアートのような不思議な感覚を味わう事ができる。

望月三起也の魔法は、まさしく様々な角度から読者が楽しめる仕掛けなのだと分かる。
かくして魔法が解けた現代の雪女は、ヘリに乗って男のもとから去っていったのだった。

(yazy 記)



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2024 年 11 月 1 日   固定リンク   |   トラックバック(0)


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