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作品紹介

第17回

大追跡

執筆者:   2009 年 12 月 4 日

ブラジルを舞台に、無差別殺人事件を追う刑事の活躍を描いた短編『大追跡』! 実はある作品の続編ともういうべき作品だった? 作者の仕掛けた望月作品の連続性をお楽しみあれ。

「続」「新」「Part2」などなど、お気に入りだった作品が、そういった冠を被せられて新たな装いで再登場。 ‥‥‥なんてのはTV、映画の世界では日常茶飯事、ファンにとっては「待ってました!」で嬉しいもの。
漫画の世界でもそういった企画は少なからずあり、望月先生の作品にもそれは存在する。‥‥‥というか、むしろ他の同業作家先生方に比べて多いかもしれない。
前記のような冠は付いていないが、一種のパート2作品、それが今回ご紹介する『大追跡』である。

ブラジル‥‥‥ 一地方の権力者「マクダム家」の息子が引き起こした無差別享楽殺人事件。その権力を行使し法から逃れようとするマクダム一味を圧力を受けつつも追跡する警察官「滝 三郎」。追跡先で知り合った同じ日系人の青年と意見の対立を見せながらも極悪マクダムを追い詰めていく。
その追跡のための資金は、すでに両親のない滝の幼い兄弟たちが圧力を受けながらも、その日の食べる物をも削って調達した貴重な資金。それを知った青年は無償の協力を滝に申し出る。しかし、更なる悪辣な手段で逃亡を謀ろうとするマクダムを追い詰めることはできるのか‥‥‥


1969年「デラックス少年サンデー(小学館)」7月号に掲載されたこの巻頭カラーで始まる作品は、読み切りという少ないページ数の中に、少年漫画として必要な全ての要素を満たしていた。アクションは当然のこと、スピード感、正義、勇気、冒険、苦悩、不屈、闘志、初志貫徹、友情、家族愛、そして、ラストは画竜点睛。そしてそれらすべてを丸ごと抱え込んだそんなことよりもっと大切なこと、エンターテイメント性。
小難しい理屈は捏ねないが、日本人が好きな浪花節も散りばめられて、しっかりお涙頂戴シーンも挿入、これはもう64ページということさえ忘れてしまうほどのフルコースメニュー。
そのうえ巻頭カラー、先生お得意の漫画界でも定評のあるカラーグラビアで迫力シーンまで拝めるのだから、楽しいこと面白いこと請け合いの一編だ。もちろん後の単行本収録時にはモノクロ編集となってしまっているが、そのニュアンス、エッセンスは感じてもらえるはず。

そのカラーグラビアはいきなりのチェイス・シーンから始まる。警官「滝」のオフロード・バギーを駆使した容赦のない追撃シーンは息を呑む。
その後、物語のテンションは緩められブレイクシーンへと流れていくのだが、先生の真骨頂のひとつでもある映画を思わせる状況、及び場面設定の解説描写にロング構図の絵がきれいに挿入されていく。読み切り短編と言えどもこの辺り、まったく手を抜くこともなく望月流を見せてくれる。
この後、何度かの山場を迎えるにあたり、読者を一端“引き”の状態にする大切な部分。巧さに溜息‥‥‥ である。

過去の回想シーン、行く先々での追跡妨害のエピソード、そして前述した滝の幼き兄妹たちの貧困と苦闘のエピソードと畳み掛けてくる。なぜこれだけのエピソードが読み切りという短ページの中にこうもコンパクトに構成できるのだろうか。見事というしかない。
またまた溜息‥‥‥ である。
とにかく、そのスピード感ある構成には唸ってしまう。

絵(作画)にも私としては唸ってしまう個所がいくつかある。
まずpicture Aだが、敵の立てこもる小屋へ滝が突入するシーンを俯瞰で描いたシーン、このときの滝のポーズだ。こんなポーズを誰が描き得ようか。特に劇画家を標榜する作家などには思いもつかないポーズではないかと思うのだ。リアルを追求する作風であるがゆえ、決して描かれる(創造される)ポーズではない。素早く低い態勢でという場面に合せたこのポーズにより、どれほどそのスピード感が表現できたか。
そして次のpicture Bである。滝が払い腰(?)で敵を投げ飛ばすシーンであるが、素晴らしく見事に重力を感じることができる。加重される重量をどう読者に感じさせることができるか、それがどれほど困難なことであるかは、絵をお描きにならない方であっても理解できるだろう。師のデッサン力の確かさを証明するカットである。

それだけではない。この作品にもこれから漫画家を目指そうとしている方や、若い漫画家さんにとっては学ぶべき多くのテクニックが、少ないページ数だからこそのてんこ盛りで、それらをひとつひとつ列挙していくと、とてもじゃないがこのコーナーでは書き切れない。また専門的に書いたとしても読者には面白くもなんともないだろう。
私自身チョッピリ悔しいくらいなのだが、もしも、もしもだが‥‥‥ 私がどこかで漫画講義をすることがあったならば教材としたい一作である。 ‥‥‥そんなことは「魚が木を登る」ことがあっても有り得ないが(笑)。

さてさて『大追跡』、本筋に戻そう。
舞台がブラジルといえば先生初連載デビュー作『ムサシ』を思い浮かべると思うが、実はこの「大追跡」、私の大好きな「ムサシ」の“その後”的な作品なのだ。冒頭で記述した「続」「新」「Part2」作品なのである。「ムサシ」に関してはすでにこのコーナーで紹介済みなのでそちらをご覧になっていただくとして、初出時には迂闊にも私にはこの「大追跡」が「ムサシ」であるとは気づかなかった。なんとも情けないファンだとは思うが、ラスト1ページで初めて警官「滝」の助っ人をして、マクダム一味を逮捕に導いた青年が「ムサシ」だと名乗り、その本人だったと知るのだ。
ファンであった私は、驚きと喜びで飛び上がらんばかりの歓喜と、確かによくよく見てみれば、26式回転拳銃2挺を操るガン捌きに、手首のヒラヒラたなびく布といい、ファンならば気が付いてもおかしくない描写が満載ではないか。
ファン失格だと、その後ちょっとだけ情けなくて落ち込んだ私がいた(苦笑)。

しかし、掲載時の「DX少年サンデー」を見る限り、この作品の担当編集記者も「ムサシ」を知らずして編集作業をしているように思えるのだ。オープニングの煽り文にもラストページの小口に書かれた締めの文にしても、まったく「ムサシ」の臭いはしない。もし知っていればもう少し煽りの度合いが変わったのではないかと思うのだよね。そこ、ちょっと残念。

以前、作品紹介ムサシ編を書いたときに「大追跡」をこの作品紹介のコーナーで取り上げるとのお約束を、今回果たすことができてホッとしている(笑)。
嘘つきとなることなく、良かった良かった。

最後にもうひとつ。
主人公は「滝」というが、この「滝」という姓は先生の読み切り作では意外と多く主人公名に使われている。例えば「ザ・サムライ」のシリーズ、「どれい艦隊」など。他にもあったのだがどうにも最近、健忘が酷くなっているので思い出せず、ご記憶の方お教え願いたい。して連載作品には一度も登場したことはなく、読み切りに限って多く採用されているのには何か意味はあるのだろうか?
またこの「滝」姓であるが、私の母方の姓でもあり(正確には「瀧」なのだが)、私にとっては愛着があり、使用されるたび思い入れが強くなっていく‥‥‥ という超個人的状況なのだ(笑)。

2009.12.1 JUN

『大追跡』
初出1969年「デラックス少年サンデー(小学館)」7月号 64ページ読み切り
1972年 若木書房版「突撃ラーメン」併録
1978年 双葉社版「突撃ラーメン」併録
1985年 大都社版「ムサシ」併録
2000年 ホーム社版「秘密探偵JA」併録


望月先生のコメント
【望月三起也先生より】
少年画報社でデビューした私、そのデビュー作が『ムサシ』、思い入れは大きい。なにしろ最初のキャラクターですから。
その後も「飛葉」に到るまで、いや その後も数々のキャラクター生み出したものの、一番最初ってやっぱり特別な思い入れがあります。
読者にとって『大追跡』の中の登場人物“A”にしか過ぎないのですが、読者100人いたらその内何人かは「あっ、これムサシだ!!」と最初の登場シーンから気づいてくれたら嬉しいのですよ。マニアックな喜びの共有ですね。

漫画という別な世界、その中の現実世界でキャラクターは永久に歳をとらず存在するのです。ムサシは今もどこかで活躍しているはず。作者は時々そのキャラクターに声を掛け登場してもらう。
これ、作者としてのいたずらですが楽しいのです。

極めつけ、今までのキャラクター総出演って漫画、描いてみたい。性格がそれぞれ違うから結構おもしろいと思うのですが。
時代がずれているとツッコミ入れられたら描けませんが、そこを無視して「JA」から「土方」まで、7人集めて新しいワイルド7組織しちゃおうかなんて夢もあります。
そういう作品が描けたときはシラケずに、ひとつの舞台に総出演、またはバンドの大集合みたいなつもりで理屈抜きに楽しんでほしいと思っています。

いつも「作品紹介」で取り上げてくださっている方、頭が下がります。作者以上に細かく隅々まで目を通して楽しんでくださって。
困るのは、私 一作終えると頭の中をカラにする。そのカラの中を新しいアイデアで埋めていくって作業があるため、過去の作品のコメント、不得意なんです。ゴメンナサイ。



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コメント/トラックバック

  • Grünherz(ぐりゅーん・へるつ) :
    JUNさん、今回も刺激的で面白かったです。
    作品間のつながりですが、「竜の旗」の竜馬くんはブラジル出身ですよね。拳銃の使い手だし、ムサシとの関係が気になるところです。

    また、「はだしの巨人」の九郎くんは、竜馬くんが成長した姿にしか見えませんでした。外用ヨットの資金は荷役の仕事で貯めたものなのかな〜と。

    最近たまたま「竜の旗」と「はだしの巨人」を連続して読んだのですが、途中まで本当に繋がった話なのかと思ってました。(竜の旗は初読)こういう想像は楽しいですね。

    望月先生の「今までのキャラクター総出演」って素晴らしいアイディアじゃないですか。アメコミ原作で映画化された「リーグ・オブ・レジェンド」という作品がありましたが、まさにレジェンドです。すぐに進めて欲しいです!

    しかし、その「ワイルド同盟」のリーダーは誰がやるんでしょうね?やはり土方かな。そして敵も気になりますね。こちらは望月作品の悪役総出演の「反ワイルド同盟」でしょうか。読んでみたい!
  • JUN :
    読み返すと、中身の無い駄文そのものなんですよねぇ、これが。
    ホントはもっと違ったところを書きたい気もあるのですが、不特定多数のファンの方々に楽しんで貰いたい、この一心で(苦笑)。

    ありがたい、ぐりゅーんさんにそう言って頂けるだけで嬉しいことです。

    > 「ワイルド同盟」のリーダー・・・・・・?
    やっぱワイルド7 = 飛葉 だからねぇ、集団を統率できるキャラってことでも飛葉かなァ。
    もちろんトシさんも集団を束ねた訳だけど、日向光、クロスからの派生キャラだから、やっぱチョット違う気もする。
  • Sadami :
    Dear Jun san,

    Junさんの作品説明は興味深かった! 本当に楽しく読みました。素敵!

    "また専門的に書いたとしても読者には面白くもなんともないだろう。
    私自身チョッピリ悔しいくらいなのだが、もしも、もしもだが‥‥‥ 私がどこかで漫画講義をすることがあったならば教材としたい一作である。 ‥‥‥そんなことは「魚が木を登る」ことがあっても有り得ないが(笑)。"

    何、しょげた事イッテンですか!自分 から"進んで" 漫画講義をやるのですよ! (あなただけがそれを可能にします。 ) Junさん、自分を信じて、夢を実現しましょうよ。少なくとも、わたしはそんな講義があったら、出席します。

    Cheers,
    Sadami
  • JUN :
    Sadamiさん、ありがとう。
    そういった言葉があると頑張れます。根が単純なんで(笑)。
  • Grünherz(ぐりゅーん・へるつ) :
    JUNさん
    「漫画講義」はぜひお願いしたいです。トリビュートがらみで最近の漫画に触れて思うのは、今こそ望月作品は読まれなくてはならない、ということです。CGを使ったアニメを見ても同じことを思います。

    「リアル」とはどういうことでしょうか。
    CGを多用したアニメや、写実的なだけの漫画を読んで思うことは「よく出来ているナァ」ということだけ。決してリアルに感じないのです。

    picture Aの指摘、素晴らしいと思います。表現はリアルではないですが、リアルなものが伝わってきますね。

    葛飾北斎を評した柳亭種彦の言葉に「真をはなれて 真をうつす」というものがあるそうです。まさにこのpicture Aのことではないでしょうか。
  • JUN :
    講演料、出るかなァ~・・・・ (笑)
  • Grünherz(ぐりゅーん・へるつ) :
    「BS漫画夜話」のような場でお話し頂けるのが一番良いのですが...(笑)

    そういえば「漫画夜話」でいまだに望月先生を取り上げていないって言うのは驚きだし、逆に興味深いですよね?

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