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望月マニ也

第34回・オリジナル解説「三起ヒイ記」第二回

「アクション」と「人間ドラマ」は車の両輪!

執筆者:   2011 年 1 月 4 日

お待たせしました!
第25回(2010年4月号)に続く、大好評ぐりゅーん・へるつさんの読み込み解説のシリーズ第2弾をお届けします

飛葉大陸と兄・日出丸前回(だいぶ経ってしまいましたが)はワイルド7の「地獄の神話」を題材に、「望月アクションの魅力」について取り上げました。望月先生といえば「アクション漫画の大家」というイメージが一般的で、大迫力のアクションシーンが強く印象に残るのですが、読後に残るのはハードなシーンばかりではありません。人間の情をじっくりと描いた部分、「人間ドラマ」の部分も強く印象に残る作品も実に多いですよね。

エンターテインメント系の作品こそ、「人間」がしっかり描かれていなければならない。そうでないとアクションシーンが、作品全体の印象が薄っぺらくなってしまう…。望月作品を読むとそのことを強く実感します。

望月先生の最初期の作品で「戦闘機シリーズ」と呼ばれるものがあります。本当にデビューしたての頃の作品なので画の密度や技術はまだ高くないのですが、毎回趣向を凝らした人間ドラマを見せてくれて、とても面白いのです。
各話のタイトルになっている戦闘機が「主役メカ」として登場しますが、メカに頼ったストーリーではなく、メカの特徴がドラマに活かされるように工夫されており(特に「飛燕」「月光」「震電」)、「あくまで人間ドラマがメイン」という印象を持ちます。初めからドラマ志向の作家だったんだなぁ、と非常に感慨深い作品群です。
戦闘機シリーズ「飛燕」「月光」「震電」は「望月三起也戦記コミックス傑作選 Vol.1 航空戦記セレクション〜シルバーハンター ー銀翼の狩人ー」に、「祖国をわが腕に」「狼〜ケモノの時代〜」は「Vol.2 白兵戦記セレクション〜地獄の予感」所収。ぶんか社(2003年)。
戦記漫画の傑作「狼〜ケモノの時代〜」

戦記漫画の傑作「狼〜ケモノの時代〜」



戦記漫画の話が出ましたが、望月先生ほど戦記漫画を「人間ドラマ」の視点から描いた作家はいないと思います。戦記漫画は様々な視点から描くことが可能です。大局的な視点から描いた純粋な「戦記」、個人の視点から戦争を描く「体験記」、「戦闘」に的を絞った「バトルアクション作品」などがありますが、望月先生の場合はあくまでも人間ドラマを描くための舞台装置、究極的な状況設定として「戦場」「戦時下」を舞台にしていると思えるのです。
短編作品の「祖国をわが腕に」「狼〜ケモノの時代〜」(ともにナチ占領下のポーランドが舞台)などがそれで、まるで1本の映画を見終えたような重厚な読後感がある傑作だと思います。

さて、先生の代表作「ワイルド7」ではどうでしょうか。この作品のコンセプトのひとつに「背中で語る男の美学」があり、主人公・飛葉大陸の直接的な心理描写は極力避けられています。そのため作品全体にハードボイルドな雰囲気が立ち篭めているのですが、それだけに、時おり挟み込まれる「人間ドラマ」が心に滲みます。

飛葉の家族との関係を描いた第6話「灰のとりで」は、前話「千金のロード」のエピローグから始まります。作戦の成功で再会が叶い、喜びあう親子の姿を正視できず「血のつながりがあっても…親子なんざしょせんは他人よ!」と言い放って席を立つ飛葉ですが、その後のシーンでは母親の勤めているキャバレーに足を向けているんですね。この行動の意味、動機がまったく説明されてないことが逆に読者に様々な想像を喚起させますし、そこで飛葉が回顧するエピソードが、まだ母親の愛を信じ切っている幼い頃、ピュアな心の時期のものであることも泣かせます。

飛葉の兄・日出丸。弟同様、彼にも幼少時のわだかまりがあった。

飛葉の兄・日出丸。大陸同様、彼にも幼少時のわだかまりがあった。



「灰のとりで」で最も印象的だったのは、飛葉の兄、日出丸のセリフでした。母親の愛を一身に受け、弟にとって羨ましい存在だったはずの兄が、「おれは…おまえとちがって力も弱いし意気地もない…」「小さい時から兄貴なのにおまえの子分みたいだった」「そんなおれをみんなばかにした」「勉強だってたいしてできるわけじゃない…」と語るのです。兄は兄で抱えてきたものがあった。日出丸はその思いを、成人した今になって初めて弟の前で吐露したのだと思いますが、時は遡ることはできません。幼児期にできた兄弟間の溝、トラウマ化したわだかまりを解くことは永遠に出来ないのです。それを兄と弟の両サイドから描いたこのシーンを私は忘れることが出来ません。

「兄弟間の溝」で思い起こされるのは、前回も取り上げた第13話「地獄の神話」に登場する神話三兄弟です。神話社長には二人の弟がいますが、神話社長は次男でキレ者の元次郎をなぜか冷遇し、粗暴なだけに見える三男の元明の方を溺愛しています。元次郎は、組織のため、兄のために裏方的な工作活動に従事する忠実な弟ですが、兄からはまったく愛されずいつも叱責ばかり受けています。元明の死に対し神話社長は「日本一の葬儀で送りたかった」と涙ながらに語りましたが、元次郎にはすべての悪事の罪を被せようとし、その死に際しては「わたしの悪を知る証人を消してくれた」とニヤリとしながら語ります。これは非常に不条理な気もしますが、現実にはこうした「ダメな子ほど可愛い」という例はよくあることです。

飛葉兄弟の場合は、優等生的な兄が愛され、ワルの弟の方は冷遇されますが、神話兄弟では粗暴な弟の方が愛されています。まったく正反対なのですが、どちらも「こういうことってあるよなぁ…」と頷ける内容で非常に感慨深いです。望月先生の人間観察眼は実に複眼的であり、素晴らしいと思います。

神話兄弟の次男、元次郎の最後。忠誠も空しく、兄に冷たく突き放された。

神話兄弟の次男、元次郎の最後。忠誠も空しく、兄に冷たく突き放された。



自分を見捨てた兄に復讐しようとモンスタートレーラーを暴走させる元次郎でしたが、ついにユキの対戦車ライフルで仕留められます。炎上する車内、元次郎の断末魔の叫びは(それでも)「あ あにきィ…」でした。兄弟間の人間関係の不条理さが痛いほど伝わってくる名シーンだと思います。

もうひとつ「地獄の神話」で強烈に印象に残っているのは、潜入捜査で神話の悪事の証拠を掴むものの、策略で窮地に陥れられるテルのエピソードです。しばらく登場のなかったテルですが、身体を壊してバイクの激しいライディングが出来なくなり、一線から退いていました。草波隊長からの呼び出しもかからない宙ぶらりんな状況の中、「頭はまだ使えるはず」とB17消失の謎に関する推理を草波に持って行きますが採用されなかったため、旧知の菊川警部と組んで危険な潜入捜査を進めていたのです。

ワイルド7は広い意味で「ヒーローもの」の範疇に入ると思いますが、そのヒーローチームの隊員が、身体を壊して半除隊状態になる(「名誉の負傷」のようなシーンが描かれることもない)というリアリティに、初読の時に中学生だった私は驚愕したものです。隊長に相手にされない状況の中、自分に出来ることは何かを考え、あくまでもワイルドの一員として悪を追い詰めようと奮闘するテル。しかし、テルの元に向う協力者の菊川警部一行は、神話社長の工作により大幅な迂回を余儀なくされます。本当に歯軋りしながらこのシーンを読んだことを覚えています。

テルは元サッカー選手であり、サッカーが趣味の草波とウマが合っても良さそうなものなのに、草波は一貫してテルには冷淡です。「八百の推理はすぐに採用するのに、この差は何だろう?」と思ったり、「いくら頑張っても報われないこともあるのか…」と中学生の私は非常に強い印象を受けました。今読み返してみるとテルを追い詰めるのは元次郎であり、「努力しているのに報われない者(キレ者なのに!)どうしの対決」という構図になっており、とても感慨深いです。

先ほど「複眼的」という言葉を出しましたが、これは描く対象となる「人間」や「社会」を多面的に捉えているということで、これこそが「巨匠」の証だと思うのです。

家族の復讐を果たすべく、ゲリラハンターとなったユキ。

家族の復讐を果たすべく、ゲリラハンターとなったユキ。



第4話「コンクリート・ゲリラ」に登場するゲリラハンター・ユキは、デモ活動のとばっちりで家族を失った「犯罪被害者」です。「正義」を旗印にした「民衆」の闘争の中で圧殺される「個人」。これは「戦争被害者」と構図が似ています。デモ活動がまだ盛んだった70年代に、名も無きデモ被害者、弱者の側に視点を置いた。本当に素晴らしい視点だと思います。

一方第9話「緑の墓」では、デモ隊が監獄解放のためにオヤブンと共闘し、まるで「バスティーユ監獄襲撃」のような状況になります。デモ隊の描き方はユキのケースとは大きく違い、まさに複眼的です。どちらの面も真実。私はそう受け止めました。

このように人間や社会への複眼的視点に基づいた、濃密な「人間ドラマ」が展開されるのが望月作品の大きな特徴だと思います。ハードなアクションと「人間ドラマ」は車の両輪のようにお互いを引き立てあっていると感じます。


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望月先生のコメント

敵(かたき)役の作り方・・・・
何よりも読者が憎たらしいと思ってくれないといいキャラクターとは言えません。私が思うに典型は「吉良上野介」でしょう、この人の右に出るものはないね。
忠臣蔵が何百年も今だに日本人に好まれているのは、吉良さんあってのこと。 度重なる浅野いじめのしつこさ、いやらしさ、その頂点が殿中松の廊下のシーンに来るわけですよ。
ですから見ている側は浅野の殿様に肩入れしてるから、斬ったことでスッキリする。誰も国を潰す短気なこらえ性のない殿様とは言わないのですよ。
この嫌らしい悪役ぶりが雪の討ち入りでの四十七士のカッコよさに繋がるのです。
その悪役ぶりがハンパで憎らしさ伝わってないと、ただの老人ですよ。しかも行儀作法の指南役ですから。“武”の欠片もない弱い年寄りを四十七人が袋叩きにする話になっちまう。
でありますから、悪役の憎たらしさ、重要なんです。
忠臣蔵で大石内蔵助がカッコよく映るのも吉良さんの存在があってこそ。言わば大石も浅野の殿さんも演技力いらないンです。吉良さんの演技が冴えれば冴えるほど主役は引き立つのですよ。

と言って、飛葉が神話三兄弟より演技がヘタだってオチじゃない、悪役が存在感あればこその主役。でも私としては、ただの二枚目にはしたくない。こちらもまた母の愛、兄の愛だのに恵まれなかったという人間臭さ付けたりをしているのです。
苦労した人間だけが他人の苦労、本当に理解できるんだと私は思っています。

よく「何とか相談」なんて、しおらしい顔してアドバイスしてる著名人見てますが、「あんた、毎週違った体験してるって凄い!!」ってツッコミたくなる。
「頭の中で組み立てた相談の解答なんて、偉そうなだけで糞の役にも立たない!!」って飛葉なら言うぞと想像すると、ここでまた一人、憎たらしい悪役が登場(誕生)するのですよ。

読者の一人々に感想は聞けないけれど、時に自分の意図を汲み取ってくれて登場させる悪役を本当に憎んでくれたとき「やったァ!」と作者側は嬉しくなるのです。

で話は前に戻り『戦闘機シリーズ』について。
実はこれ、集英社からの最初の仕事依頼だったのです。 少年画報社一本では偉そうに漫画家ですなんて言えない、と悩んでいたところへ「来た、来たァ」ですよ。
打ち合わせで編集部まで行きました。そこで初めて読み切りで飛行機物の企画と聞かされました。
「君、飛行機、描ける?」って聞かれて、描けませんとは言うわきゃないね。これまた実は“女”と“馬”と“飛行機”はまったく不得意だったのです。
帰宅してから、さァ 飛行機プラモ作って色も付けずにあらゆる角度から見た構図のデッサンの繰り返しですよ。
ですから第一回目、好評だったと聞かされたとき実に実にホッとしました。
でありまして、飛行機物に人間ドラマをとお褒めをいただくといささか“つらい”
ヘタな飛行機に読者の目を向けさせないため、ドラマに集中させようという、実は苦肉の作戦だったわけ・・・・



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  • grunherz-緑のハート :
    「月刊望月三起也」に掲載されました!

    「月刊望月三起也」に、私の原稿が掲載されました! 「アクション」と「人間ドラマ」
  • 山梨の稲妻 :
    今晩は山梨の稲妻です。
    グリューンヘルツさんいろいろと懐しい作品が並んでいますね。最近ワイルドを読み返してみると昔は感じなかったことが見えて来る様になって来ていますね。
     探してみるといろんな人間ドラマが組み合わさっている感じですね。

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