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	<title>月刊望月三起也 &#187; ぐりゅーん・へるつ</title>
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	<description>望月三起也オフィシャルファンサイト</description>
	<pubDate>Sat, 19 May 2012 04:09:12 +0000</pubDate>
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	<language>ja</language>
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		<title>最高・最強のバイク乗りマンガ「ワイルド７」！</title>
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		<pubDate>Sun, 06 May 2012 16:59:14 +0000</pubDate>
		<dc:creator>ぐりゅーん・へるつ</dc:creator>
		
		<category><![CDATA[望月マニ也]]></category>

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		<description><![CDATA[
今回はバイク経験者の立場から「バイク乗りマンガとしてのワイルド７」についてアレコレ語ってみたいと思います。
バイクに乗る緊張感を凝縮した「手袋をギュッ」のポーズ



私がこの「月刊望月三起也」にやって来るきっかけは、 [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<div>
今回はバイク経験者の立場から「バイク乗りマンガとしてのワイルド７」についてアレコレ語ってみたいと思います。<br />
<img class="alignnone" src="http://wild7.jp/bbs2/image/master_icon.gif" alt="wild_icon" width="16" height="16" /><em><strong>バイクに乗る緊張感を凝縮した「手袋をギュッ」のポーズ</strong></em><br />
<br />
<div id="attachment_6372" class="wp-caption alignleft" style="width: 219px"><a href="http://wild7.jp/wp-content/uploads/2011/06/efbc91efbc89e6898be8a28be3839de383bce382ba.jpg"><img class="size-medium wp-image-6372" title="手袋をギュッ！（神奈川県警ポスター／魔像の十字路）" src="http://wild7.jp/wp-content/uploads/2011/06/efbc91efbc89e6898be8a28be3839de383bce382ba-209x300.jpg" alt="手袋をギュッ！（神奈川県警ポスター／魔像の十字路）" width="209" height="300" /></a><p class="wp-caption-text">手袋をギュッ！（神奈川県警ポスター／魔像の十字路）</p></div><br />
<br />
私がこの「月刊望月三起也」にやって来るきっかけは、先生が2008年に描かれた神奈川県警職員募集ポスターでした。街で見かけた瞬間に「あぁ！これは望月三起也の絵だ」とビビッと来ました。<br />
この「<span style="color: #993300;">ビビ<strong>ッ</strong></span>」と来た理由は、独特の絵のタッチと、そして、この「手袋をギュッ」とやるポーズです。<span id="more-6371"></span><br />
「手袋をギュッ」は、バイク経験者の方ならお分かりになると思いますが、バイク乗りが一番緊張する、気持ちが入る瞬間なんですね。<br />
50ccのスーパーカブと、1,700ccで車重300キロ超のVMAX。<br />
車格が全く違う両車ですが、家を出て最初の曲がり角でクルマと出合い頭で衝突したら、どちらも即死する可能性があると言う点では、まったく同じです（VMAXの方が車重がある分、危険かも）。<br />
バイクに乗るということは、それだけで命に関わる危険な行為です。<br />
ヘルメットを被り、あごひもを締め、手袋をギュッ。その後、セルなりキックなりでエンジンを始動させたらもう「あちらの世界」入りなので、この「ギュッ」が日常世界から非日常世界へスイッチする瞬間なのだと思います。<br />
先生の絵は、この瞬間を的確に捉えたもので、「常に危険と隣り合わせ」というバイクの宿命を感じさせる素晴らしいものだと思います。<br />
まして、ポスターの白バイ隊員も飛葉もバイクに乗るのは「任務」ですから、「危険」のレベルが違います。キモチの入り方も違うでしょう。「出動！」という緊張感を十分に感じさせてくれる絵です。<br />
<br />
<img class="alignnone" src="http://wild7.jp/bbs2/image/master_icon.gif" alt="wild_icon" width="16" height="16" /><em><strong>「無念無想」・・・猟犬の走りの境地</strong></em><br />
「黄金の新幹線」の終盤、飛葉が小針社長邸に向って首都高（恐らく）を走行するシーンがあります。<br />
ピンチのユキ、逃亡する小針社長・・・読者の気持ちが高まるばかりの展開なのに、３ページに渡って描かれるこのシーンで、飛葉は何の言葉も発さず、まったく無表情です。<br />
<br />
<div id="attachment_6376" class="wp-caption alignright" style="width: 222px"><a href="http://wild7.jp/wp-content/uploads/2011/06/efbc92efbc89e796bee8b5b0e6849fe8a69a.jpg"><img class="size-medium wp-image-6376" title="猟犬の「走り」（黄金の新幹線）" src="http://wild7.jp/wp-content/uploads/2011/06/efbc92efbc89e796bee8b5b0e6849fe8a69a-212x300.jpg" alt="猟犬の「走り」（黄金の新幹線）" width="212" height="300" /></a><p class="wp-caption-text">猟犬の「走り」（黄金の新幹線）</p></div><br />
<br />
高速の出口を下りるナナハンは、読者に向かって飛び出して来るような勢いを感じます。そして、飛葉のクールな表情が最高にカッコイイ！<br />
アセる読者に対してクールな表情の飛葉。この対比のさせ方、実に心憎い演出ですね。<br />
この飛葉の「走り」は、まるで獲物に向かっていく猟犬のようです。<br />
「無念無想」の、猟犬の境地。<br />
これこそバイク乗りが感じる、究極の「走りの境地」だと思います。<br />
前方の視界がどんどん狭まるけれども、周囲すべてが「見えて」いる気がし、音も風圧も振動も感じなくなる、「無念無想」の感覚。バイク走行の最大の魅力&#8230;。<br />
このシーンは、そんなバイク乗りの境地を見事に表した「ワイルド７」屈指の名シーンだと思います。<br />
<br />
<img class="alignnone" src="http://wild7.jp/bbs2/image/master_icon.gif" alt="wild_icon" width="16" height="16" /><em><strong>バイクと仲間（同志）たち</strong></em><br />
バイクは本質的に孤独でパーソナルな乗り物ですが、だからこそ同好の「仲間」との精神的な結びつきは強くなるもの。バイクと「仲間」は切っても切れないものです。<br />
<br />
<br />
<div id="attachment_6382" class="wp-caption alignleft" style="width: 310px"><a href="http://wild7.jp/wp-content/uploads/2011/06/efbc93efbc89e4bbb2e99693e3819fe381a1.jpg"><img class="size-medium wp-image-6382" title="ヘボピー、いまいくぜ！（バイク騎士事件）" src="http://wild7.jp/wp-content/uploads/2011/06/efbc93efbc89e4bbb2e99693e3819fe381a1-300x185.jpg" alt="いまいくぜ！（バイク騎士事件）" width="300" height="185" /></a><p class="wp-caption-text">ヘボピー、いまいくぜ！（バイク騎士事件）</p></div><br />
<br />
「バイク騎士事件」の終盤で、ヘボピー救出に向かう飛葉たちが激走するシーンがあります。<br />
草波にバッジを叩き返しての集団行動ですが、これは「バイク＆仲間」を感じさせる最高のシーンのひとつですね。<br />
同時にこれは、ワイルド７が、草波が集めた「ならず者傭兵部隊」から、飛葉を中心とする「悪党と戦う同志集団」に変貌した重要な瞬間でもあります。<br />
<br />
<img class="alignnone" src="http://wild7.jp/bbs2/image/master_icon.gif" alt="wild_icon" width="16" height="16" /><em><strong>乗り物であり、武器であり、チームの象徴でもあるバイク</strong></em><br />
ヘボピーの最後のセリフ「バイクの上で死なせてくれ〜ッ」は、本当に心に響きますね。何度読んでもこのシーンでは涙を我慢できません。<br />
<br />
<div id="attachment_6388" class="wp-caption alignright" style="width: 223px"><a href="http://wild7.jp/wp-content/uploads/2011/06/efbc94efbc89e4b997e3819be381a6e3818fe3828c.jpg"><img class="size-medium wp-image-6388" title="乗せてくれ！（魔像の十字路）" src="http://wild7.jp/wp-content/uploads/2011/06/efbc94efbc89e4b997e3819be381a6e3818fe3828c-213x300.jpg" alt="乗せてくれ！（魔像の十字路）" width="213" height="300" /></a><p class="wp-caption-text">乗せてくれ！（魔像の十字路）</p></div><br />
<br />
この「任務を全うしてバイクの上で死にたい」というヘボピーの言葉は、「ワイルド７にとってバイクとは何か？」を考えさせてくれます。<br />
「谷間のユリは鐘に散る」の飛葉のセリフで「侍は馬上で死ぬことこそ ほまれだったそうだが&#8230;ワイルド７もおなじことが いえるんじゃねえかな&#8230;」「ワイルドの死にざまはバイクの上だっ!!」というものがあります。<br />
侍にとっての、あるいはカウボーイにとっての馬。それがワイルド７にとってのバイクだったのでしょう。<br />
ワイルド７にとってバイクは、乗り物であり、武器でもあり、チームの象徴でもありました。<br />
先ほどのヘボピーのセリフの後、５台のバイクで炎の壁に向かってダイブするわけですが、発進直前、５台がアクセルを吹かすシーンが最高ですね！<br />
<br />
<div id="attachment_6390" class="wp-caption alignleft" style="width: 221px"><a href="http://wild7.jp/wp-content/uploads/2011/06/efbc95efbc89e4bbb2e99693e3819fe381a1efbc92.jpg"><img class="size-medium wp-image-6390" title="バウ！バウ！バウ！（魔像の十字路）" src="http://wild7.jp/wp-content/uploads/2011/06/efbc95efbc89e4bbb2e99693e3819fe381a1efbc92-211x300.jpg" alt="バウ！バウ！バウ！（魔像の十字路）" width="211" height="300" /></a><p class="wp-caption-text">バウ！バウ！バウ！（魔像の十字路）</p></div><br />
<br />
このページ、完璧なレイアウトにも感心しますが、最終章の終盤に来て「バイク乗りのマンガ」らしさを再度描いてくれたことが、何よりも嬉しいです（飛葉ちゃんのバイクがCB750に戻ったことも嬉しかったです）。<br />
<img class="alignnone" src="http://wild7.jp/bbs2/image/master_icon.gif" alt="wild_icon" width="16" height="16" /><em><strong>「バイクでデート」は男子の（永遠の）夢！</strong></em><br />
「誘拐の掟」冒頭の、飛葉とイコの「横浜〜多摩川デート」のエピソードは微笑ましくて実にイイですね。２人を追跡して世話焼きをするオヤブンと両国のペアも、とても良い味を出していました。<br />
<br />
<div id="attachment_6391" class="wp-caption alignright" style="width: 310px"><a href="http://wild7.jp/wp-content/uploads/2011/06/efbc96efbc89e383a9e38396e383a9e38396.jpg"><img class="size-medium wp-image-6391" title="飛葉とイコのナナハンデート（誘拐の掟）" src="http://wild7.jp/wp-content/uploads/2011/06/efbc96efbc89e383a9e38396e383a9e38396-300x276.jpg" alt="飛葉とイコのナナハンデート（誘拐の掟）" width="300" height="276" /></a><p class="wp-caption-text">飛葉とイコのナナハンデート（誘拐の掟）</p></div><br />
<br />
「バイクに乗りたい！」と思う男の子の心には、（外面では硬派を装っていても）「（実は）女の子とのデートにも使いたい&#8230;」という願望が少なからず含まれているはずです。<br />
この飛葉とイコの２人乗りのコマは人物が白い影になっているので、読者はそこに自分と好きな娘を自在に投影することができ、あれこれ妄想に浸れるのが楽しいです。<br />
ドリームCB750、ノーヘル、女性の横座り&#8230;時代を感じさせ、懐かしい気分に浸れるシーンですね。<br />
「バイクで女性とデート」と言えば、「谷間のユリは鐘に散る」でのエメロンちゃんとのシーンも忘れられません。<br />
<br />
<img class="alignnone" src="http://wild7.jp/bbs2/image/master_icon.gif" alt="wild_icon" width="16" height="16" /><em><strong>バイクのメカニズム、特性への理解</strong></em><br />
望月先生は吉田竜夫さんに師事していた時代にすでにバイクに乗っておられ、その経験を作品のバイクシーンに活かしていたそうですが、「ワイルド７」でのバイクのメカニズム描写にも、その豊富なバイク経験を感じることができます。<br />
<br />
<div id="attachment_6392" class="wp-caption alignleft" style="width: 204px"><a href="http://wild7.jp/wp-content/uploads/2011/06/efbc97efbc89e38390e382a4e382afe383a1e382abe3838be382bae383a0.jpg"><img class="size-medium wp-image-6392" title="スロットルワイヤー（野性の七人）／２気筒エンジン（緑の墓）" src="http://wild7.jp/wp-content/uploads/2011/06/efbc97efbc89e38390e382a4e382afe383a1e382abe3838be382bae383a0-194x300.jpg" alt="スロットルワイヤー（野性の七人）／２気筒エンジン（緑の墓）" width="194" height="300" /></a><p class="wp-caption-text">スロットルワイヤー（野性の七人）／２気筒エンジン（緑の墓）</p></div><br />
<br />
「野性の七人」での飛葉の入団テストで、スロットルワイヤーを直接手で操作してトラブルから脱するシーンがあります。冒頭の金塊強盗とのバトルでは「バイクはバックできない」という局面が、「誘拐の掟」では「右手首が使えない状態で、バイクをどのようにして操るか？」という局面が設定されます。<br />
いずれもバイクのメカニズムや「特性」（弱点）を知っていたからこそ描くことができた名シーンだと思います。<br />
バイクのメカニズムに関して強く印象に刻まれているのが、オヤブンのバイク（スズキ・ハスラー）が「２気筒エンジンを搭載している」という設定です。<br />
オヤブンのハスラーのオリジナルは250ccの単気筒ですが、「野性の七人」（1969年）での登場時から２気筒で描かれており、別冊キングの解説によると「500ccの２気筒」なのだそうです。<br />
飛葉のナナハンに付いていくには200キロ以上出す必要があるでしょうから、最高速アップのために、この改造が必要だったのでしょう。<br />
国内初の本格的なオフロードバイクであるヤマハDT-1が登場したのは1968年。それまでは通常のバイクにアップマフラーを取り付けただけの「スクランブラー」しかなく、軽量でトルクフルな２サイクル単気筒エンジンを搭載、専用の軽量フレーム、アップマフラーを装備したDT-1は本当に画期的でした。<br />
そんなオフロードバイクの黎明期に、今日のビッグオフローダーやモタードに繋がるような（イメージは「KTM」か？）、オンロード性能を重視した大排気量・２気筒エンジンの搭載を考えてしまう先生の先見性には驚くばかりです。<br />
それにしても、現代の眼で見るととても小さなハスラーに500ccエンジンとは、オヤブンのバイクは凄まじいジャジャ馬だったと思います。これを乗りこなすには相当なテクニックと体力、そして度胸が必要だったことでしょう。<br />
<br />
<img class="alignnone" src="http://wild7.jp/bbs2/image/master_icon.gif" alt="wild_icon" width="16" height="16" /><em><strong>リアルなライディング描写</strong></em><br />
バイクは乗り手と一体化して初めて成立するメカニズムなので、バイクの「走り」をリアルに描くには、バイクだけでなく乗り手のライディング・フォームもきちんと描く必要があります。<br />
「野性の七人」のハイウェイ追撃戦での、飛葉の車上射撃シーン。「谷間のユリは鐘に散る」におけるユキのドゥカティでの追撃シーン。<br />
<br />
<div id="attachment_6393" class="wp-caption alignright" style="width: 228px"><a href="http://wild7.jp/wp-content/uploads/2011/06/efbc98efbc89e383a9e382a4e38387e382a3e383b3e382b0.jpg"><img class="size-medium wp-image-6393" title="腰を浮かせて（谷間のユリは鐘に散る）／崖を駆け登る（運命の七星）" src="http://wild7.jp/wp-content/uploads/2011/06/efbc98efbc89e383a9e382a4e38387e382a3e383b3e382b0-218x300.jpg" alt="腰を浮かせて（谷間のユリは鐘に散る）／崖を駆け登る（運命の七星）" width="218" height="300" /></a><p class="wp-caption-text">腰を浮かせて（谷間のユリは鐘に散る）／崖を駆け登る（運命の七星）</p></div><br />
<br />
いずれも腰を浮かせていますが、これは重心を下げてバイクを安定させ、下半身全体で路面からのショックを吸収している様子を表現しています。<br />
ユキは後ろに身体を反らせていますが、車体前部に装備した対戦車ライフルによってバイクが相当なフロントヘビーになっているためなのかなぁ？などと想像をかき立ててくれます（単純に「ポーズ」として見ても大変美しいです！）。<br />
「運命の七星」での、飛葉がBMWで急な崖を駆け登るシーン。<br />
上体をバイクの上に立てるような飛葉のライディング・ポジションがリアルです。<br />
このような急坂を登る時に身体が落ちてハンドルにしがみつく形になると、意図せずアクセルを開けてしまうことになり、バイクはバク転して大変なことになってしまいます。この後、追跡者がこの状況に陥ってしまいます。<br />
飛葉には女の子が同乗してハンディが与えられているところ、そして敵対していた女の子が飛葉のライディングに心酔して惚れてしまうところも素晴らしい演出だと思います。円を描いて宙に舞う草も効果的な表現ですね。<br />
<br />
<img class="alignnone" src="http://wild7.jp/bbs2/image/master_icon.gif" alt="wild_icon" width="16" height="16" /><em><strong>「バイク族」と「暴走族」</strong></em><br />
1970〜80年代、「暴走族」と名付けられた集団暴走行為が大きな社会問題となりました。<br />
その影響は多くの善良なバイク乗りにも及び、バイク乗り全体が世間から白い目で見られ、学生の免許取得の制限やバイクの様々な規制の名目に「暴走族」という言葉が頻繁に使われました。<br />
そのため、当時のバイク乗りは「暴走族」という言葉（レッテル）にはとても敏感です。<br />
「ワイルド７」の「熱砂の帝王」に登場するバイク軍団は「バイク族」、「サムライ教師ボギー」などに出て来るニッポンのゾクは「暴走族」・・・と、望月作品においては、これがきちんと使い分けられています。<br />
「この人もバイク乗りなんだ！」と「仲間意識」を感じ、とても嬉しくなったものです。<br />
<br />
<img class="alignnone" src="http://wild7.jp/bbs2/image/master_icon.gif" alt="wild_icon" width="16" height="16" /><em><strong>「バイク」のすべてがある！</strong></em><br />
以上見てきたことの結論としては、「ワイルド７」は最高・最強のバイク乗りマンガであり、「バイク」に関するすべてがある&#8230;そのようになると思います。<br />
いずれも、バイクに実際に乗って体験し、本質を深く理解していないと描けない内容ばかりです。<br />
映画「ワイルド７」では、隊員役の役者さんは「大型バイクの免許所持者」であることが必須条件だったそうです。<br />
このコダワリには、バイク乗りの大先輩である原作者・望月先生への畏敬の念が感じられます。この作品、原作と同様、必ず最高のバイク乗り映画になってくれることでしょう！<br />
<span style="color: #0000ff;">＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝<br />
月刊望月三起也ではみなさんからの投稿をお待ちしています。<br />
「望月マニ也」「作品紹介」のほか書式や内容は自由、採用者は「月刊望月三起也」で掲載。<br />
また掲載された方には、望月先生書き下ろし特製ポストカードをプレゼント！</span><br />
<br />
<span style="color: #0000ff;">是非、月刊望月三起也事務局までメールを送ってください。<br />
お待ちしております。<br />
<a href="info@wild7.jp">info@wild7.jp</a><br />
＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝ </span></div>
]]></content:encoded>
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		</item>
		<item>
		<title>「食」へのこだわり</title>
		<link>http://wild7.jp/4532</link>
		<comments>http://wild7.jp/4532#comments</comments>
		<pubDate>Sun, 03 Jul 2011 04:18:11 +0000</pubDate>
		<dc:creator>ぐりゅーん・へるつ</dc:creator>
		
		<category><![CDATA[望月マニ也]]></category>

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		<description><![CDATA[
望月先生は食通としても知られ、最近はウェブ（大目録.com）上で「サッカー狂が食べる！望月三起也の一品絶品」というコラムを持っておられるなど、「食」との繋がりは深いです。

そんな先生の作品だけに、印象的なシーンには「 [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<div>
<a href="http://wild7.jp/wp-content/uploads/2011/04/syoku1.jpg"><img class="alignleft size-medium wp-image-6071" title="ワイルド７・緑の墓" src="http://wild7.jp/wp-content/uploads/2011/04/syoku1-282x300.jpg" alt="" width="226" height="240" /></a>望月先生は食通としても知られ、最近はウェブ（大目録.com）上で<a href="http://www.daimokuroku.com/?index=ippin"><strong>「サッカー狂が食べる！望月三起也の一品絶品」</strong></a>というコラムを持っておられるなど、「食」との繋がりは深いです。<br />
<br />
そんな先生の作品だけに、印象的なシーンには「食」が絡んでいることが多いですよね。<span id="more-4532"></span><br />
<br />
「ワイルド７」だけで見ても、「飛葉の下宿でのウドン会議」を筆頭に、「コンクリート・ゲリラ：トラック突入時のユキの家庭の食卓」「黄金の新幹線：冒頭の大臣との会食シーン」「同：両国の”スパゲッチ”大盛り注文」「緑の墓：腐りかけの生肉、ヘボピー涙の完食」「同：他人の見舞品を食べ尽くす”静養中”の飛葉」「死神を処刑：ゲリラ父子の食糧事情」「地獄の神話：刑務所所長宅での飛葉の&#8221;厚切り&#8221;羊かん要求」「灰になるまで：飛葉の女王へのウドンづくりムリヤリ教授」「同：飛葉のパスタうんちく」「魔像の十字路：飛葉の母親、栗ご飯の思い出」「同：八百の死の報せの動揺を隠しながらのヘボピーステーキ大喰い」などなど、次々と浮かんできます。<br />
<br />
「俺の新選組」は、私にとって作品全体が「食」とは切り離せない存在です。土方が「これが武士か」と激高した「農民に虐殺された&#8221;竹光&#8221;の強盗」、江戸試衛館時代の「両国の川開きでの大食事」や、職を得るために近藤が奮闘する「野菜かつぎの芸」など、望月新選組のバイタリティの原点がこうした「食」（＝職）への渇望にあった&#8230;と強烈に印象づけられました。<br />
<br />
1970年の作品<a href="http://wild7.jp/363"><strong>「突撃ラーメン」</strong></a>は「日本最初の料理マンガ」と言われていますし、比較的新しい作品では、「ロゼ・サンク」で30代となっている飛葉が、（侘びしく）鍋から直接料理を食べているという「生活感」にはクラッと来ました（笑）。<br />
<br />
こうして列挙してみると、「食へのこだわり」とひとくちに言っても非常に多岐に渡っていることに気付きます。<br />
<br />
やや強引になるかもしれませんが、それをいくつかに分類して考察してみたいと思います。<br />
<br />
<img class="alignnone" src="http://wild7.jp/bbs2/image/master_icon.gif" alt="" width="16" height="16" /><em><strong>バイタリティの源、「生」の根源としての「食」</strong></em><br />
<br />
<a href="http://wild7.jp/wp-content/uploads/2011/04/syoku4.jpg"><img class="alignright size-medium wp-image-6072" title="ワイルド７・緑の墓" src="http://wild7.jp/wp-content/uploads/2011/04/syoku4-292x300.jpg" alt="" width="292" height="300" /></a>望月作品の「食」のシーンで、最も印象的なのがこれでしょう。「ワイルド７」の「緑の墓」は、飛葉の下宿のウドンのシーンから始まり、「静養中」の飛葉が他人の見舞品を食べまくるシーンで終わるという、「食」で始まり「食」で終わるエピソードですが、「生の根源としての食」がとりわけ鮮烈に描かれたエピソードとして、強く印象に残っています。<br />
<br />
政治犯や凶悪犯を秘密裏に収容している、軍事産業の私設収容所「緑の墓」。「にせワイルド７」たちの策謀によって、この恐怖の監獄に投獄されてしまった飛葉たちは、虐待に耐えつつ脱出の機会をうかがいます。人間としての自尊心を棄てさせるための「食事」（「ブタのえさ」と呼ばれる）を拒否し、やせ我慢を続ける両国とヘボピーに対し、腐りかけの生肉を差し入れる飛葉ですが、その２人に与えるメッセージが素晴らしいです。<br />
<br />
<strong><em>「ケモノになれっ　いまはケモノになりきるのだ!!　それがただひとつの助かる道だ　わかったかワイルド７!!」</em></strong><br />
<br />
自尊心のために体力を消耗させるのではなく、今はケモノになって体力をつけ、来るべき反撃の機会に備えろ&#8230;という強烈な「生」へのメッセージ。地下牢からの逆光を受けた飛葉のワイルドな表情、ギラついた眼。「ワイルド７」屈指の名シーン＆名セリフだと思います。<br />
<br />
「緑の墓」のラストは、生死ぎりぎりの局面に追い込まれたワイルドたちの、まさにケモノの本領が発揮され、巨大な「檻」は食い破られました。このパワー、生の輝きの根源が上記の「食」であり、ここで示された「生のための食」という概念（これが本来の「食」の姿でしょう）が、飽食と呼ばれる現代、そして未来の読者たちにも強いインパクトを与え続けていくものと思います。<br />
<br />
「ワイルド７」に続いて発表された「俺の新選組」も、ケモノのパワー、バイタリティが存分に発揮された快作でした。望月先生扮する弁士は、江戸試衛館編のイントロダクションとして「新選組の行動の原点とそのエネルギーの源の解明となろう」と語っており、特に序盤において「生の根源としての食」が描かれました。<br />
<br />
<a href="http://wild7.jp/wp-content/uploads/2011/04/syoku3.jpg"><img class="alignleft size-medium wp-image-6073" title="俺の新選組" src="http://wild7.jp/wp-content/uploads/2011/04/syoku3-215x300.jpg" alt="" width="215" height="300" /></a>前述の「川開きの大食事」とは、両国の川開きにおいて大商人や有力旗本らが盛大な宴会を行っている桟敷席で、試衛館一行が喧嘩騒動を自作自演し、その混乱に乗じて豪華な料理を頂戴するというとんでもない食事会で、バイタリティの原点としての「食」への思いが、普段の食事である「たくあんのしっぽ飯」との対比や、真面目に大暴れする土方たちの「演技」とともに強く印象に残っています。<br />
<br />
「野菜かつぎの芸」は、高慢で嫌味な旗本が、召し抱えることを条件に、滑稽に野菜をかつぐ芸を見せるよう近藤にけしかけるもので、近藤は「職」か「名誉」かの厳しい選択を迫られます。結局近藤は、二度の機会とも「芸」を貫徹できませんでした。一度目の時は息子に寿司を食べさせたいがために恥辱に耐えた浪人に破れましたが、二度目の時はその芯の強さを見込まれて京都守護職配下になることができました。「食」＝「職」→「職への渇望」&#8230;と言ったところでしょうか。<br />
<br />
<img class="alignnone" src="http://wild7.jp/bbs2/image/master_icon.gif" alt="" width="16" height="16" /><em><strong>家族、仲間との団らんの象徴、家族の記憶とリンクとした「食」</strong></em><br />
<br />
食事は単に栄養を取るためのものではありません。家族や仲間と食べる食事は、お互いの絆を深め、なごやかで楽しい時間を過ごすふれあいの場であり、「団らんの象徴」でもあります。<br />
<br />
そのような家族団らんの場に大型トラックが突入、それがきっかけで「家庭」が崩壊する悲劇に見舞われるのが、「コンクリート・ゲリラ」のOL時代のユキです。このシーンで素晴らしいと思うのは、「母の得意なイモ汁」「弟の大好物のたきこみごはん」「妹が好きなメザシの食卓」と、家族それぞれの記憶と「食べもの」が並行して具体的に列挙されていることです。家族の思い出は、食べ物の思い出とリンクし、一体化していることが多いですよね。<br />
<br />
「魔像の十字路」に出てくる白井記者と飛葉との「栗の思い出話」も同じです。飛葉の母親は栗が好きで、小さい頃よく栗ご飯を作ってくれたそうで、そんな母親に白井記者はよく甘栗を届けてくれた&#8230;と思い出が語られます。白井記者の飛葉に対する思いやり、細やかな心遣いが読者にヒシッと伝わってくる素晴らしいエピソードだと思います。<br />
<br />
<img class="alignnone" src="http://wild7.jp/bbs2/image/master_icon.gif" alt="" width="16" height="16" /><em><strong>ステイタス、格差の象徴としての「食」</strong></em><br />
<br />
「食事」には「家族の団らん」とは正反対の、「ステイタス」「格差」の象徴としての面もあります。「黄金の新幹線」の冒頭、都心の高級フランス料理店での運輸大臣との会食シーンで、それがとても良く描かれていますね。<br />
<br />
保安係長からさんざん差別的な言葉を浴びせられ怒り心頭の飛葉ですが、セブンのチームワークで大臣を刺客から守り、最後に「肉片発言」でやり返します。高慢なエリートたちを、非エリートの飛葉たちが「行動」で見返す姿は、実に痛快でした。<br />
<br />
このほか、前述の「川開きの大食事」や、「灰になるまで」の月校河面師の会食シーンでの「飛葉のパスタうんちく」もこの類型の例としてあげられると思います。<br />
<br />
<img class="alignnone" src="http://wild7.jp/bbs2/image/master_icon.gif" alt="" width="16" height="16" /><em><strong>生命感、生活感の演出としての「食」</strong></em><br />
<br />
マンガやアニメのキャラクターは線で描かれた「絵」に過ぎませんが、これにどう「生命感」を持たせるかが、２次元作品を魅力的なものにするキモのひとつだと思います。「食べる」という行為は生命の基本的な営みですから、この「食」のシーンを印象的に作品に登場させることで、キャラクターに「生命感」「生活感」を与えることが出来ます。<br />
<br />
<a href="http://wild7.jp/wp-content/uploads/2011/04/syoku2.jpg"><img class="alignright size-medium wp-image-6074" title="ワイルド７・緑の墓" src="http://wild7.jp/wp-content/uploads/2011/04/syoku2-300x238.jpg" alt="" width="300" height="238" /></a>望月作品の食事シーンはどれも本当においしそうに見えます。それは「料理」がうまく描かれているだけではなく、食べているキャラクターの「表情」が素晴らしいせいだと思います。彼らは実に幸せそうに、そして旺盛な食欲でモリモリと食べます。紙に描かれたキャラクターが「生命の輝き」を放ち、生きた存在になっています。これは印象的な「食」のシーンによる効果だと思います。<br />
<br />
<img class="alignnone" src="http://wild7.jp/bbs2/image/master_icon.gif" alt="" width="16" height="16" /><em><strong>「食」表現のルーツ</strong></em><br />
<br />
先生の貴重な自伝的マンガで「カエルが燃えるとき」（ぶんか社文庫判「ロゼ・サンク」所収）という作品がありますが、ここに描かれている少年時代の「食」の苦労が、上記のような食表現の「原点」になっていると思われます。<br />
<br />
「飽食」と呼ばれる現代ですが、先生の作品を通じて、改めて「食の本質」「食とは何か」について考えてみたいと思います。<br />
<br />
<br />
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		<item>
		<title>「アクション」と「人間ドラマ」は車の両輪！</title>
		<link>http://wild7.jp/3883</link>
		<comments>http://wild7.jp/3883#comments</comments>
		<pubDate>Tue, 04 Jan 2011 14:59:36 +0000</pubDate>
		<dc:creator>ぐりゅーん・へるつ</dc:creator>
		
		<category><![CDATA[望月マニ也]]></category>

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		<description><![CDATA[
前回（だいぶ経ってしまいましたが）はワイルド７の「地獄の神話」を題材に、「望月アクションの魅力」について取り上げました。望月先生といえば「アクション漫画の大家」というイメージが一般的で、大迫力のアクションシーンが強く印 [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<div>
<a href="http://wild7.jp/wp-content/uploads/2010/06/hiba_bros1.jpg"><img class="alignleft size-medium wp-image-4668" src="http://wild7.jp/wp-content/uploads/2010/06/hiba_bros1-239x300.jpg" alt="飛葉大陸と兄・日出丸" width="191" height="240" /></a>前回（だいぶ経ってしまいましたが）はワイルド７の「地獄の神話」を題材に、「望月アクションの魅力」について取り上げました。望月先生といえば「アクション漫画の大家」というイメージが一般的で、大迫力のアクションシーンが強く印象に残るのですが、読後に残るのはハードなシーンばかりではありません。人間の情をじっくりと描いた部分、<strong>「人間ドラマ」</strong>の部分も強く印象に残る作品も実に多いですよね。<br />
<span id="more-3883"></span><br />
<strong>エンターテインメント系の作品こそ、「人間」がしっかり描かれていなければならない</strong>。そうでないとアクションシーンが、作品全体の印象が薄っぺらくなってしまう&#8230;。望月作品を読むとそのことを強く実感します。<br />
<br />
望月先生の最初期の作品で「<strong>戦闘機シリーズ」</strong>と呼ばれるものがあります。本当にデビューしたての頃の作品なので画の密度や技術はまだ高くないのですが、毎回趣向を凝らした人間ドラマを見せてくれて、とても面白いのです。<br />
各話のタイトルになっている戦闘機が「主役メカ」として登場しますが、メカに頼ったストーリーではなく、<strong>メカの特徴がドラマに活かされるように工夫</strong>されており（特に「飛燕」「月光」「震電」）、「あくまで人間ドラマがメイン」という印象を持ちます。初めからドラマ志向の作家だったんだなぁ、と非常に感慨深い作品群です。<br />
<table border="0">
<tbody>
<tr>
<td><span style="color: #3366ff;">戦闘機シリーズ「飛燕」「月光」「震電」は「望月三起也戦記コミックス傑作選 Vol.1 航空戦記セレクション〜シルバーハンター ー銀翼の狩人ー」に、「祖国をわが腕に」「狼〜ケモノの時代〜」は「Vol.２ 白兵戦記セレクション〜地獄の予感」所収。ぶんか社（2003年）。</span></td>
</tr>
</tbody></table>
<div id="attachment_4265" class="wp-caption alignright" style="width: 218px"><a href="http://wild7.jp/wp-content/uploads/2010/02/beast2.jpg"><img class="size-medium wp-image-4265" title="「狼〜ケモノの時代〜」" src="http://wild7.jp/wp-content/uploads/2010/02/beast2-208x300.jpg" alt="戦記漫画の傑作「狼〜ケモノの時代〜」" width="208" height="300" /></a><p class="wp-caption-text">戦記漫画の傑作「狼〜ケモノの時代〜」</p></div><br />
<br />
戦記漫画の話が出ましたが、望月先生ほど<strong>戦記漫画を「人間ドラマ」の視点から描いた</strong>作家はいないと思います。戦記漫画は様々な視点から描くことが可能です。大局的な視点から描いた純粋な「戦記」、個人の視点から戦争を描く「体験記」、「戦闘」に的を絞った「バトルアクション作品」などがありますが、望月先生の場合はあくまでも人間ドラマを描くための舞台装置、究極的な状況設定として「戦場」「戦時下」を舞台にしていると思えるのです。<br />
短編作品の<strong>「祖国をわが腕に」「狼〜ケモノの時代〜」</strong>（ともにナチ占領下のポーランドが舞台）などがそれで、まるで１本の映画を見終えたような重厚な読後感がある傑作だと思います。<br />
<br />
さて、先生の代表作<strong>「ワイルド７」</strong>ではどうでしょうか。この作品のコンセプトのひとつに<strong>「背中で語る男の美学」</strong>があり、主人公・飛葉大陸の直接的な心理描写は極力避けられています。そのため作品全体にハードボイルドな雰囲気が立ち篭めているのですが、それだけに、時おり挟み込まれる「人間ドラマ」が心に滲みます。<br />
<br />
飛葉の家族との関係を描いた<strong>第６話「灰のとりで」</strong>は、前話「千金のロード」のエピローグから始まります。作戦の成功で再会が叶い、喜びあう親子の姿を正視できず<strong>「血のつながりがあっても&#8230;親子なんざしょせんは他人よ！」</strong>と言い放って席を立つ飛葉ですが、その後のシーンでは母親の勤めているキャバレーに足を向けているんですね。この行動の意味、動機がまったく説明されてないことが逆に読者に様々な想像を喚起させますし、そこで飛葉が回顧するエピソードが、まだ母親の愛を信じ切っている幼い頃、ピュアな心の時期のものであることも泣かせます。<br />
<br />
<div id="attachment_4270" class="wp-caption alignleft" style="width: 214px"><a href="http://wild7.jp/wp-content/uploads/2010/02/hidemaru.jpg"><img class="size-medium wp-image-4270" title="飛葉の兄・日出丸" src="http://wild7.jp/wp-content/uploads/2010/02/hidemaru-204x300.jpg" alt="飛葉の兄・日出丸。弟同様、彼にも幼少時のわだかまりがあった。" width="204" height="300" /></a><p class="wp-caption-text">飛葉の兄・日出丸。大陸同様、彼にも幼少時のわだかまりがあった。</p></div><br />
<br />
「灰のとりで」で最も印象的だったのは、<strong>飛葉の兄、日出丸</strong>のセリフでした。母親の愛を一身に受け、弟にとって羨ましい存在だったはずの兄が、<strong>「おれは&#8230;おまえとちがって力も弱いし意気地もない&#8230;」「小さい時から兄貴なのにおまえの子分みたいだった」「そんなおれをみんなばかにした」「勉強だってたいしてできるわけじゃない&#8230;」</strong>と語るのです。兄は兄で抱えてきたものがあった。日出丸はその思いを、成人した今になって初めて弟の前で吐露したのだと思いますが、時は遡ることはできません。幼児期にできた兄弟間の溝、トラウマ化したわだかまりを解くことは永遠に出来ないのです。それを兄と弟の両サイドから描いたこのシーンを私は忘れることが出来ません。<br />
<br />
「兄弟間の溝」で思い起こされるのは、前回も取り上げた<strong>第１３話「地獄の神話」</strong>に登場する神話三兄弟です。神話社長には二人の弟がいますが、神話社長は<strong>次男でキレ者の元次郎</strong>をなぜか冷遇し、粗暴なだけに見える三男の元明の方を溺愛しています。元次郎は、組織のため、兄のために裏方的な工作活動に従事する忠実な弟ですが、兄からはまったく愛されずいつも叱責ばかり受けています。元明の死に対し神話社長は「日本一の葬儀で送りたかった」と涙ながらに語りましたが、元次郎にはすべての悪事の罪を被せようとし、その死に際しては<strong>「わたしの悪を知る証人を消してくれた」</strong>とニヤリとしながら語ります。これは非常に不条理な気もしますが、現実にはこうした「ダメな子ほど可愛い」という例はよくあることです。<br />
<br />
飛葉兄弟の場合は、優等生的な兄が愛され、ワルの弟の方は冷遇されますが、神話兄弟では粗暴な弟の方が愛されています。まったく正反対なのですが、どちらも「こういうことってあるよなぁ&#8230;」と頷ける内容で非常に感慨深いです。望月先生の人間観察眼は実に複眼的であり、素晴らしいと思います。<br />
<br />
<div id="attachment_4276" class="wp-caption alignright" style="width: 211px"><a href="http://wild7.jp/wp-content/uploads/2010/02/motojiro1.jpg"><img class="size-medium wp-image-4276" title="神話兄弟の次男、元次郎の最後" src="http://wild7.jp/wp-content/uploads/2010/02/motojiro1-201x300.jpg" alt="神話兄弟の次男、元次郎の最後。忠誠も空しく、兄に冷たく突き放された。" width="201" height="300" /></a><p class="wp-caption-text">神話兄弟の次男、元次郎の最後。忠誠も空しく、兄に冷たく突き放された。</p></div><br />
<br />
自分を見捨てた兄に復讐しようとモンスタートレーラーを暴走させる元次郎でしたが、ついにユキの対戦車ライフルで仕留められます。炎上する車内、元次郎の断末魔の叫びは（それでも）<strong>「あ あにきィ&#8230;」</strong>でした。兄弟間の人間関係の不条理さが痛いほど伝わってくる名シーンだと思います。<br />
<br />
もうひとつ「地獄の神話」で強烈に印象に残っているのは、潜入捜査で神話の悪事の証拠を掴むものの、策略で窮地に陥れられる<strong>テルのエピソード</strong>です。しばらく登場のなかったテルですが、身体を壊してバイクの激しいライディングが出来なくなり、一線から退いていました。草波隊長からの呼び出しもかからない宙ぶらりんな状況の中、「頭はまだ使えるはず」とB17消失の謎に関する推理を草波に持って行きますが採用されなかったため、旧知の菊川警部と組んで危険な潜入捜査を進めていたのです。<br />
<br />
ワイルド７は広い意味で「ヒーローもの」の範疇に入ると思いますが、その<strong>ヒーローチームの隊員が、身体を壊して半除隊状態になる</strong>（「名誉の負傷」のようなシーンが描かれることもない）というリアリティに、初読の時に中学生だった私は驚愕したものです。隊長に相手にされない状況の中、自分に出来ることは何かを考え、あくまでもワイルドの一員として悪を追い詰めようと奮闘するテル。しかし、テルの元に向う協力者の菊川警部一行は、神話社長の工作により大幅な迂回を余儀なくされます。本当に歯軋りしながらこのシーンを読んだことを覚えています。<br />
<br />
テルは元サッカー選手であり、サッカーが趣味の草波とウマが合っても良さそうなものなのに、草波は一貫してテルには冷淡です。「八百の推理はすぐに採用するのに、この差は何だろう？」と思ったり、<strong>「いくら頑張っても報われないこともあるのか&#8230;」</strong>と中学生の私は非常に強い印象を受けました。今読み返してみるとテルを追い詰めるのは元次郎であり、<strong>「努力しているのに報われない者（キレ者なのに！）どうしの対決」</strong>という構図になっており、とても感慨深いです。<br />
<br />
先ほど「複眼的」という言葉を出しましたが、これは描く対象となる<strong>「人間」や「社会」を多面的に捉えている</strong>ということで、これこそが「巨匠」の証だと思うのです。<br />
<br />
<div id="attachment_4277" class="wp-caption alignleft" style="width: 202px"><a href="http://wild7.jp/wp-content/uploads/2010/02/hunter1.jpg"><img class="size-medium wp-image-4277" title="ゲリラハンター・ユキ" src="http://wild7.jp/wp-content/uploads/2010/02/hunter1-192x300.jpg" alt="家族の復讐を果たすべく、ゲリラハンターとなったユキ。" width="192" height="300" /></a><p class="wp-caption-text">家族の復讐を果たすべく、ゲリラハンターとなったユキ。</p></div><br />
<br />
<strong>第４話「コンクリート・ゲリラ」</strong>に登場するゲリラハンター・ユキは、デモ活動のとばっちりで家族を失った「犯罪被害者」です。「正義」を旗印にした「民衆」の闘争の中で圧殺される「個人」。これは「戦争被害者」と構図が似ています。デモ活動がまだ盛んだった70年代に、<strong>名も無きデモ被害者、弱者の側に視点</strong>を置いた。本当に素晴らしい視点だと思います。<br />
<br />
一方<strong>第９話「緑の墓」</strong>では、デモ隊が監獄解放のためにオヤブンと共闘し、まるで「バスティーユ監獄襲撃」のような状況になります。デモ隊の描き方はユキのケースとは大きく違い、まさに複眼的です。どちらの面も真実。私はそう受け止めました。<br />
<br />
このように人間や社会への複眼的視点に基づいた、濃密な「人間ドラマ」が展開されるのが望月作品の大きな特徴だと思います。<strong>ハードなアクションと「人間ドラマ」は車の両輪のようにお互いを引き立てあっている</strong>と感じます。<br />
<br />
<span style="color: #0000ff;"><br />
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月刊望月三起也ではみなさんからの投稿をお待ちしています。<br />
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		</item>
		<item>
		<title>生還</title>
		<link>http://wild7.jp/4986</link>
		<comments>http://wild7.jp/4986#comments</comments>
		<pubDate>Sun, 03 Oct 2010 05:24:46 +0000</pubDate>
		<dc:creator>ぐりゅーん・へるつ</dc:creator>
		
		<category><![CDATA[作品紹介]]></category>

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		<description><![CDATA[
今回取り上げる「生還」は、前回の「特だねを追え」と同様、ながらく「幻の作品」でしたが、ぶんか社さんの慧眼により31年の時を経て初の単行本収録（まさに「生還」!!）となった作品です。望月先生の作品には、本作のように「埋も [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<div>
<a href="http://wild7.jp/wp-content/uploads/2010/09/seikan-4.jpg"><img class="alignleft size-medium wp-image-4993" title="「生還」扉絵１" src="http://wild7.jp/wp-content/uploads/2010/09/seikan-4-222x300.jpg" alt="" width="222" height="300" /></a>今回取り上げる「生還」は、前回の「特だねを追え」と同様、ながらく「幻の作品」でしたが、ぶんか社さんの慧眼により31年の時を経て初の単行本収録（まさに「生還」!!）となった作品です。望月先生の作品には、本作のように「埋もれた名作」がまだまだあると思います。今後の出版に期待したいところです。<span id="more-4986"></span><br />
<br />
さて、本題の作品紹介に入りましょう。<br />
<br />
本作は、1972年3月から4月にかけ平凡パンチに7回に渡って掲載された、総ページ112ページの戦記作品で、単行本収録は2003年発行の「望月三起也戦記コミック傑作選」全４巻の第３巻「生還ーSTILL ALIVE」になります。<br />
<br />
望月先生の戦記コミックには「極限状況における人間ドラマ」や、「国家（組織）と個人」の問題が必ず織り込まれますが、本作は「組織における支配と従属」をメインテーマに据え、支配する者、支配される者の内面を複数の視点から描いた「群像劇」であり、「心理ドラマ」となっている点が注目されます。<br />
<br />
では、物語の導入編である第１章「ヒッピー強盗出現」の粗筋を紹介しましょう。<br />
<br />
<span style="color: #333399;">1972年、グアム島を思わせる南方の島。28年前、奪還を図る米軍と日本軍との間で激戦が展開され、破壊された戦車などの戦跡がまだ残るが、今では平和な観光地となっている。<br />
そのコテージでCM撮影の男女、新婚カップル、そしてフリーのルポライターが宿泊してパーティを開いている。<br />
そこに突如、長髪、ヒゲ、軍服姿の「ヒッピー強盗団」6名が押し込み、食料強奪を図る。コテージ客は彼らを残留日本兵と知って28年前の戦闘終結を告げるが、日本兵たちは信じようとせず、かつての攻防戦を回顧する。</span><br />
<br />
<a href="http://wild7.jp/wp-content/uploads/2010/09/seikan-2.jpg"><img class="alignright size-medium wp-image-4994" title="「生還」ヒッピー強盗団" src="http://wild7.jp/wp-content/uploads/2010/09/seikan-2-277x300.jpg" alt="" width="277" height="300" /></a>続く第２章「白旗が裏切られた日」は1944年の戦闘時の出来事、第３章「脱走者はトカゲを愛す」第４章「19年目の作戦行動」は、8年後の1952年。第５章「ホワイト・スターは戦争の証だ」は1970年から始まり、「現代」である1972年の第１章冒頭シーンに戻ります。そして「現代」を舞台に第６章「皇軍に敗北ありや&#8230;!?」第７章（終章）「命令が消え去った日」と物語は進行していきます。<br />
<br />
次に登場人物を見ていきましょう。<br />
先に「群像劇」と書いたように、この物語には固定された主人公は存在しません。降りかかる「状況」に応じて、各人がどのように感じ、対処していくかが作品の見どころです。<br />
<br />
その中でも特に内面が深く描かれる登場人物が３人います。<br />
<br />
まず七道伍長。中国戦線で７年間戦っていたという歴戦の勇士（マッド・ドッグのような擦り切れた左眉を持っている）ですが、彼が曲者であり、この小隊の実質的な支配者です。小隊長の権威を利用したり、非道な方法で恩を売り、自分に忠誠を誓う手下を作るなどして地位を固めています。<br />
<br />
<a href="http://wild7.jp/wp-content/uploads/2010/09/seikan-1.jpg"><img class="alignleft size-medium wp-image-4996" title="「生還」見開き" src="http://wild7.jp/wp-content/uploads/2010/09/seikan-1-300x225.jpg" alt="" width="300" height="225" /></a>次に小隊長。大学出のインテリで、温厚な性格。ジャングルでの生活に辟易しつつあり、死ぬ前にビルが見たい、電車が見たいと願う都会人です。彼がこの組織の最上位者ですが、古参兵の七道伍長に精神的に支配され、「この先 何年 何十年 このいやな組織と一緒にジャングル生活せねばならんのか&#8230;」と、自らの組織を苦痛に感じています。<br />
<br />
そして原一等兵。丸メガネの人の良さそうな人物ですが、歳月を経るうちに長髪、ヒゲとまるでヒッピーのような外見になってしまいました。過去30年近く命令に従うだけの生活をしてきたので、自らの意思を持てなくなっています。しかし彼はラストシーンで衝撃的な選択をします。<br />
<br />
ルポライターも良い味を出しています。水着モデルのCM撮影に同行してきたフリーのライターですが、残留日本兵の登場に「やっと俺にチャンスが回ってきたんだ 元日本兵の取材一番乗り!!」と狂喜し、現地の警官隊に囲まれた日本兵たちの脱出に手を貸します。自らの野望のために&#8230;。<br />
<br />
七道伍長と小隊長の主従関係（実質は階級とは逆）がついに破綻するシーンが印象的です。<br />
<br />
日本の新聞を入手したり、コテージ客の話を聞く中で、小隊長以下、兵士たちも終戦を確信し始め、望郷の念を募らせますが、七道伍長は頑として終戦を受け容れようとせず、「戦闘」を継続しようとします。<br />
<br />
<a href="http://wild7.jp/wp-content/uploads/2010/09/seikan-3.jpg"><img class="alignright size-medium wp-image-4999" title="「生還」６人の日本兵たち" src="http://wild7.jp/wp-content/uploads/2010/09/seikan-3-208x300.jpg" alt="" width="208" height="300" /></a>警官隊に包囲され緊張感が高まる中、小隊長は初めて七道伍長に異議を唱えます。<br />
「君は市民にもどるのが怖いから終戦を認めないんだ」「軍人以外とりえのないことを一番よく知っているのは自分だからな！」<br />
<br />
七道伍長は「そのとおりかもしれんな&#8230;」と認めます。「うちでは農家の三男坊、一生ヨメももらえず飼い殺し」「都会に出りゃ田舎者あつかい」「勤め先といえば工員&#8230;それも重労働しかねえ。さんざん無能扱いしやがった」と、辛かった「市民」時代を回顧します。<br />
<br />
しかし、「そんな俺に三度のメシ腹いっぱい食わしてくれて　人に命令する立場にしてくれたのはおそれ多くも陛下だけだ!! その陛下の軍隊を俺が裏切れると思うか？」と軍への思いを吐露、それを聞いた小隊長はついにこの組織からの離脱（「市民」への復帰）を選択します。<br />
<br />
この組織でしか生きられない七道と、彼のために戦後28年間維持されてきたと言ってもいい、この「いやな組織」。<br />
<br />
読者は「各自が疑問に思っているのに、なぜ合理的な選択ができないのか」と疑問を持ち、「これは軍隊だからだろう」と考えるでしょう。しかし、やがて、歴史のある大きな組織（会社、役所、etc&#8230;）には、このような問題はつき物であることに気付くと思います。<br />
<br />
各自が気付いているのに、誰も中断させることができない「慣習化した悪事、怠慢」。「事実」を認めず、隠蔽しようとする体質。問題が表面化した場合、国民的ブランドが消滅するほどのダメージを受けることが分っているはずなのに、なぜ&#8230;？<br />
<br />
それはその組織の中に、この物語の「小隊長」「七道伍長」「原一等兵」が大勢いるからではないでしょうか。<br />
<br />
<a href="http://wild7.jp/wp-content/uploads/2010/09/seikan-51.jpg"><img class="alignleft size-medium wp-image-5001" title="「生還」扉絵２" src="http://wild7.jp/wp-content/uploads/2010/09/seikan-51-210x300.jpg" alt="" width="210" height="300" /></a>組織の中での生活に慣れ切り、「一個人」「一社会人」としての判断力を失ってしまった者たち。そして、そんな組織に寄生する者たち&#8230;。<br />
<br />
彼らはいつの時代にも存在します。だから、この「生還」という物語も時代を超えた存在だと思うのです。<br />
<br />
ご存知のように、1972年2月に元日本兵・横井庄一さんがグアムから帰国するという歴史的な出来事と国民的ブームがあり、本作はそれを踏まえたものと考えられますが、作品内容（地元警官隊との銃撃戦での「戦死」など）は、その後に起きた小野田寛郎さんと彼の部下たちの出来事の方をイメージさせます。<br />
<br />
また、本作が描かれたのは横井さんの帰国直後になりますが、横井さんが帰国後、講演や出版に引っ張り回され、あげくは参院選に立候補するに至り、「ジャングルの方が気楽だった」と発言するような状況になること（「人間の本当の自由とは何か？」という問い）も、本作は予言していたように思います。望月先生の想像力のすごさを感じさせる部分です。<br />
<br />
本作はこのように先見性、普遍性を持っています。また、先に述べたように「群像劇」であり「心理ドラマ」である点で、ドラマ向き、演劇向きの素材だと思われます。8月15日が近づくと作られる「終戦ドラマ」のひとつとして、また演劇作品としても見てみたい名作だと思います。<br />
<br />
「生還」<br />
1972年 3〜4月 平凡パンチ 掲載<br />
2003年 「望月三起也戦記コミック傑作選 Vol3 生還ーSTILL ALIVE」収録<br />
<div><a href="http://wild7.jp/wp-content/uploads/2010/09/seikan-6.jpg"><img class="size-medium wp-image-5002 aligncenter" title="「生還」カバーイラスト" src="http://wild7.jp/wp-content/uploads/2010/09/seikan-6-218x300.jpg" alt="" width="218" height="300" /></a></div>
<br />
<br />
<br />
<span style="color: #0000ff;">＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝</span><br />
<span style="color: #0000ff;">月刊望月三起也ではみなさんからの投稿をお待ちしています。<br />
「望月マニ也」「作品紹介」のほか書式や内容は自由、採用者は「月刊望月三起也」で掲載。<br />
また掲載された方には、望月先生書き下ろし特製ポストカードをプレゼント！</span><br />
<br />
<span style="color: #0000ff;">是非、月刊望月三起也事務局までメールを送ってください。<br />
お待ちしております。</span><br />
<span style="color: #0000ff;"><a href="info@wild7.jp">info@wild7.jp</a></span><br />
<span style="color: #0000ff;">＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝ </span></div>
]]></content:encoded>
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		</item>
		<item>
		<title>「植物園の戦い」から望月アクションの魅力を探る</title>
		<link>http://wild7.jp/3866</link>
		<comments>http://wild7.jp/3866#comments</comments>
		<pubDate>Thu, 01 Apr 2010 13:30:48 +0000</pubDate>
		<dc:creator>ぐりゅーん・へるつ</dc:creator>
		
		<category><![CDATA[望月マニ也]]></category>

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		<description><![CDATA[
今回より、望月漫画の魅力について不定期で語らせて頂くことになりました。テーマは「アクション」「人間ドラマ」「食と生」「権力、暴力への嫌悪」を予定しています（さらに続くかもしれません）。どうぞよろしくお願いします。

初 [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<div>
今回より、望月漫画の魅力について不定期で語らせて頂くことになりました。テーマは「アクション」「人間ドラマ」「食と生」「権力、暴力への嫌悪」を予定しています（さらに続くかもしれません）。どうぞよろしくお願いします。<br />
<br />
初回となる今回は、望月先生の代名詞である「アクション」がテーマです。<br />
<br />
<img class="alignnone" src="http://wild7.jp/bbs2/image/master_icon.gif" alt="" width="16" height="16" /><em><strong>「アクション漫画の永遠のバイブル」望月アクションの魅力</strong></em><br />
<br />
望月先生はアクション漫画の第一人者であり、その作品はいずれもアクション漫画の金字塔といえます。今回は、「ワイルド７の中でも最高のアクションシーン」として名高い<strong>「地獄の神話」の「植物園の戦い」</strong>を題材に、その魅力の解読を試みたいと思います。<span id="more-3866"></span><br />
<br />
<div id="attachment_4127" class="wp-caption alignright" style="width: 255px"><a href="http://wild7.jp/wp-content/uploads/2010/02/action2.jpg"><img class="size-medium wp-image-4127" title="アクション漫画の金字塔...植物園の戦い！" src="http://wild7.jp/wp-content/uploads/2010/02/action2-268x300.jpg" alt="アクション漫画の金字塔...植物園の戦い！" width="245" height="274" /></a><p class="wp-caption-text">アクション漫画の金字塔...植物園の戦い！</p></div><br />
<br />
<img class="alignnone" src="http://wild7.jp/bbs2/image/master_icon.gif" alt="" width="16" height="16" /><em><strong>「アクション漫画の３要素」がすべて揃っている！</strong></em><br />
アクション漫画には「迫力ある描写」が不可欠であり、その点でも望月先生の画は他の追随を許さないレベルなのですが、先生の漫画は「絵」以外の部分、映画で喩えれば「脚本」と「演出」がとても素晴らしく、「絵」との相乗効果を生んでいると思うのです。<br />
<br />
私はアクション漫画には<strong>「因縁の対決」「個性 vs 個性の対決の構図」「反撃の爽快感」</strong>の３つの要素が重要ではないか&#8230;と思っています。これが「絵以外の重要な要素」ということですが、「植物園の戦い」にはこれらがすべて最高レベルで揃っていると思います。<br />
<br />
（同時刻、VONでは「爆弾トラップ」によってイコと志乃ベエたちが絶体絶命の状況に陥っています。主人公の「決闘」と「ヒロインの危機」が同時進行しているという、構成の素晴らしさも見逃せません）<br />
<br />
<img class="alignnone" src="http://wild7.jp/bbs2/image/master_icon.gif" alt="" width="16" height="16" /><em><strong>「因縁の対決」</strong></em><br />
<br />
この「植物園の戦い」は、ジョーとの<strong>２度目の対戦</strong>になります。１度目の対戦「高層ビル上の戦い」は両者痛み分けに終わりましたが、この最初の対決が<strong>「因縁」</strong>を生みます。人質を取るものの、それをものともしない飛葉の射撃によってジョーは負傷、ヘリで撤退しますが、その代償として守衛の老人を巻き添えで死なせてしまいます。飛葉は心に深い傷を負いましたから、この戦いは<strong>飛葉の敗北</strong>と言えるでしょう。<br />
<br />
さらに「敗因」が、飛葉の強さの象徴である「ドーベルマン（猟犬）魂」が裏目に出た&#8230;ということも重要でしょう。獲物を前にしたドーベルマンは他のものには目もくれず、猟犬としての「野性」の命じるままに獲物に向かって行きます。飛葉は猟犬のような強い闘争本能によって敵を圧倒することが多々ありましたが、その「個性」＝周囲や我が身の危険をも厭わないアグレッシブさが、時には悲劇を生むこともあります。<strong>「個性」「強さ」が同時にウィークポイントでもある</strong>のです。<br />
<br />
そして、再戦となる「植物園の戦い」でのジョーの敗因も、これと同じなのです。後述しますが、ジョーもその「個性」（信念）によって破れることになります。２人の敗因は同じであり、飛葉の敗北はジョーの敗北の伏線と見ることもできると思います。<br />
<br />
ビルの屋上で守衛の遺体に復讐を誓う飛葉。その後、残された孫たちに守衛が渡せなかった玩具を渡し、遊び相手になってやります。敵への怒りを燃やすシーンがじっくりと描かれていますが、これはその後のバトルシーンで「怒りの爆発」としてカタルシスを生むことになるので重要です。<br />
<br />
<div id="attachment_4123" class="wp-caption alignleft" style="width: 214px"><a href="http://wild7.jp/wp-content/uploads/2010/02/action1.jpg"><img class="size-medium wp-image-4123" title="この２時間がどんなに待ち遠しいか　てめえにはわかるまい…" src="http://wild7.jp/wp-content/uploads/2010/02/action1-204x300.jpg" alt="この２時間がどんなに待ち遠しいか　てめえにはわかるまい…" width="204" height="300" /></a><p class="wp-caption-text">「植物園にて午後三時に待つ」五本指の投げ文に飛葉の闘志が爆発する！</p></div><br />
<br />
守衛のアパートに投げ文があり、<strong>「植物園にて午後三時に待つ」</strong>とあります。飛葉は<strong>「この２時間がどんなに待ち遠しいか　てめえにはわかるまい&#8230;」</strong>と臨戦モードに入ります。ドーベルマン魂に火が付いた瞬間です。決戦を前に、読者も非常にアツくなるシーンですが、実はこれが<strong>「罠」</strong>に陥った瞬間だったのです。<br />
<br />
午後５時にクルマのヘッドライトが点灯されていることから、このシーンの<strong>季節は真冬</strong>と考えられます。３時にバトルが開始されると夜戦に持ち込まれる可能性があるのですが、アツくなっている飛葉の眼中にそのことはありません。夜戦を意識させない<strong>「３時」という微妙な時間指定</strong>の効果でしょう。そして闇に包まれるのが早く、邪魔の入りにくい閉鎖空間である「植物園」が決闘場として指定されています。憎い演出ですね。<br />
<br />
相手のジョーの特技は、視覚に頼らず物音で敵の位置を把握して正確に狙撃できることです。飛葉を待ち伏せし、得意の夜戦に持ち込もうというジョーの策略はこうして成功し、復讐に燃える飛葉は罠に向かって一直線に向かって行きます。飛葉が罠に陥ったのは、第１ラウンドの敗北による怒りで<strong>平常心を失ったことが原因</strong>であり、戦いを２ラウンド制にした効果が出ています。<br />
<br />
<img class="alignnone" src="http://wild7.jp/bbs2/image/master_icon.gif" alt="" width="16" height="16" /><em><strong>「個性 vs 個性の対決の構図」</strong></em><br />
<br />
<div id="attachment_4133" class="wp-caption alignright" style="width: 278px"><a href="http://wild7.jp/wp-content/uploads/2010/02/action3.jpg"><img class="size-medium wp-image-4133" src="http://wild7.jp/wp-content/uploads/2010/02/action3-268x300.jpg" alt="長射程 vs 短射程（ライフル vs 拳銃）のバトル！" width="268" height="300" /></a><p class="wp-caption-text">長射程 vs 短射程（ライフル vs 拳銃）のバトル！</p></div><br />
<br />
ジョーが用意した武器は、ライフル、マシンガンなど長射程、高威力の長物ばかりなのに対し、飛葉の武器はウッズマン、パイソン、PPKといった拳銃と、バイクに積まれたショットガンであり、いずれも短射程のものです。<br />
<br />
ここに<strong>「長射程 vs 短射程（ライフル vs 拳銃・ショットガン）」「夜戦向き vs 夜戦に不慣れ」</strong>という<strong>「個性 vs 個性の対決の構図」</strong>が完成します。<br />
<br />
暗闇に潜みながら長射程のガンでなぶり殺しの狙撃を楽しむジョーに対し飛葉は、攻撃をかわしつつ敵を発見し、密かに接近して、近距離から渾身の一撃を見舞わなくてはなりません。この不利な状況でどうやってそれを遂行するのか？　読者は完全に作品世界に引き込まれていきます。<br />
<br />
<img class="alignnone" src="http://wild7.jp/bbs2/image/master_icon.gif" alt="" width="16" height="16" /><em><strong>「反撃の爽快感</strong>」</em><br />
飛葉を一方的に攻め立てて重傷を負わせ、勝利を確信したジョーはついにその姿を現します。トドメの一撃を放とうとするジョーに向け、飛葉はブーツに隠してあったPPKで乾坤一擲の反撃を試みますが、致命傷は与えられず、ジョーは再び闇の中に身を隠します。反撃は失敗に終わったのか？奥の手はもうないのか？「反撃の爽快感」を期待した読者はこうして<strong>一度スカされる</strong>のですが、この<strong>クライマックス寸前の「タメ」の演出</strong>が極めて効果的で、心憎いばかりです。<br />
<br />
<div id="attachment_4140" class="wp-caption alignleft" style="width: 201px"><a href="http://wild7.jp/wp-content/uploads/2010/02/action4.jpg"><img class="size-medium wp-image-4140" title="ショットガンを挟んで対峙する２人！" src="http://wild7.jp/wp-content/uploads/2010/02/action4-191x300.jpg" alt="ショットガンを挟んで対峙する２人！" width="191" height="300" /></a><p class="wp-caption-text">ショットガンを挟んで対峙する２人！</p></div><br />
<br />
ジョーはライフルに着剣し、暗闇を忍び寄って飛葉を刺殺しようとします。過去最強クラスと認めた好敵手に敬意を表したのか、思わぬ反撃に復讐心を燃やしたのか、ジョーはフィニッシュを美しく決めることにこだわりを見せます。<br />
<br />
この絶体絶命の状況の中で、飛葉の特性である<strong>「土壇場の機転」</strong>がいよいよ発揮されます。樹上にナナハンのシルエットを発見した飛葉は、PPKの残弾でガソリンタンクを射ぬきます。発火したガソリンは周囲を照らし出し、さらにジョーの上に降り注いで動揺を誘います。そして求めていたショットガンが、バイクから落ちて来るのです。<strong>「照明」「反撃」「ショットガンの獲得」</strong>という目的を同時に果たす<strong>「一挙三得」のスーパープレイ</strong>。素晴らしいアイディアとスピーディな展開に読者は驚き、興奮は最高潮に達します。<br />
<br />
しかし、<strong>戦いの決着はまだついていない</strong>のです。決定的な武器であるショットガンは、ジョーと飛葉の中間に落ちました。ショットガンを挟んで対峙する２人。ジョーの手には着剣したライフルがありますが、飛葉は丸腰。この状況からどう戦うのか&#8230;？西部劇で良く見られるシーンですが、やはり最後はジリジリするような<strong>「２人の対峙」</strong>による決闘シーンが何といっても盛り上がります。<br />
<br />
この状況で、ジョーは<strong>着剣したライフルを投擲</strong>します。ショットガンに向けて飛び込んだ飛葉はこれをかわし、ついに目的のショットガンを手にします。敵を発見し、近づき、射撃する&#8230;目標としていた瞬間、読者が<strong>「反撃の爽快感」</strong>を味わう時がついに訪れました。至近距離からのショットガンの射撃という、極めて強烈なシーンによって&#8230;。<br />
<br />
<div id="attachment_4142" class="wp-caption alignright" style="width: 310px"><a href="http://wild7.jp/wp-content/uploads/2010/02/action5.jpg"><img class="size-medium wp-image-4142 " title="すべてが、このワンシーンに結実する！" src="http://wild7.jp/wp-content/uploads/2010/02/action5-300x257.jpg" alt="すべてがこのワンシーンに結実する！" width="300" height="257" /></a><p class="wp-caption-text">すべてが、このワンシーンに結実する！</p></div><br />
<br />
<img class="alignnone" src="http://wild7.jp/bbs2/image/master_icon.gif" alt="" width="16" height="16" /><em><strong>「戦いの余韻</strong>」</em><br />
こうして戦いは終わりましたが、<strong>深い余韻</strong>を残しています。最後に飛葉と対峙した時に、ジョーはなぜライフルを投擲してしまったのでしょうか。投擲をかわされ、唯一の武器を失うリスクを考えなかったのでしょうか？先に動いた飛葉に焦りを感じ、冷静な判断が出来なかったのでしょうか。<strong>ライフルの引き金を絞るだけで勝負は簡単についたはず</strong>なのに。<br />
<br />
ジョーは悪党ですが、無闇に殺生を行う粗暴なタイプではありません。殺し屋としての「美学」を持ち、「ルール」にこだわる男でした（守衛の射殺も独自の「ルール」によるもの）。それが彼の「信念」であったかもしれません。ライフルの投擲は、「一度決めたこと（ルール）は変えない」という「信念」がそうさせたものと思います。彼の<strong>「美学」「信念」が自らの敗北を招くことになってしまった</strong>&#8230;と私は受け止めています。<br />
<br />
これは第１ラウンドで、飛葉の「ドーベルマン魂」が自らの敗北を招いたのと<strong>同じ構図</strong>であり、だからこそ敗者の側にも強い印象が残ります。「敗因」が似通っているので、「２人は似た者どうしだったのではないか？」という思いがよぎります。名勝負と呼ばれるものは、決着がついた後も深い余韻を残すものである&#8230;。このシーンを読んでつくづくそう思うのです。<br />
<br />
望月作品の魅力はアクションだけではありません。次回は、アクションに並ぶ望月マンガの大きな魅力である<strong>「人間ドラマ」</strong>について取り上げたいと思います。</div>
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		<item>
		<title>タイガー陸戦隊</title>
		<link>http://wild7.jp/3950</link>
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		<pubDate>Mon, 01 Feb 2010 13:19:38 +0000</pubDate>
		<dc:creator>ぐりゅーん・へるつ</dc:creator>
		
		<category><![CDATA[作品紹介]]></category>

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		<description><![CDATA[
1960〜70年代。男の子の兄弟のいる家に遊びに行くと、必ずと言っていいほど望月先生の単行本があった。カバーはなく、摩滅したページの状況から兄弟間、友人間でハードに読み継がれて来たものと思われる。そのような状況だから、 [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<div>
<a href="http://wild7.jp/wp-content/uploads/2010/01/tiger1.jpg"><img class="alignleft size-full wp-image-3977" title="タイガー陸戦隊" src="http://wild7.jp/wp-content/uploads/2010/01/tiger1.jpg" alt="" width="125" height="203" /></a>1960〜70年代。男の子の兄弟のいる家に遊びに行くと、必ずと言っていいほど望月先生の単行本があった。カバーはなく、摩滅したページの状況から兄弟間、友人間でハードに読み継がれて来たものと思われる。そのような状況だから、この時期に少年・少女だった人に「初めて読んだ望月作品は何ですか？」と尋ねても答えるのは難しいだろう。なぜなら、物心ついた時すでに望月作品がまわりに有ったはずだからだ。<br />
<br />
<span id="more-3950"></span>このような質問なら答えられるだろう。「初めて漫画家・望月三起也の名を意識した作品、あなたのファースト・インパクト作品は何ですか？」その問いに対する私の答えが、本作「タイガー陸戦隊」である。私が本作を初めて読んだのは小５の頃、友人宅。単行本はまさに上記のような状況だった。<br />
<br />
本作のジャンルは「戦記マンガ」である。当時は、現在とは比較にならないほど第二次世界大戦モノの情報が子供が目にするメディア（書籍、マンガ、テレビ）に溢れていた。プラモデルもそうだ。そうした中、私もミリタリー好きの少年となっていたが、本作の内容には非常に強い衝撃を受け、「望月三起也」の名が心に深く刻まれた。痛快無比のアクションに心を奪われただけではなく、これまでに読んできた「戦記モノ」には描かれていない、戦争のダークサイドがテーマとして描かれていたからである。<br />
<br />
さて、本作の内容に入ろう。<br />
<br />
<span style="color: #0000ff;">時代は第二次大戦末期、舞台は中国大陸。敗色濃厚となった日本軍は形勢逆転を図るべく秘密兵器を開発、海路・空路を使って中国の関東軍に送った。この輸送任務の責任者が、主人公のひとり関建男海軍中佐である。<br />
追撃機との激しい空中戦を切り抜け、現地部隊に秘密兵器を引き渡した関中佐の一行。彼の任務はここで完了となるのだが、関中佐は自らの信念に基づいた独自の「輸送任務」を開始する。夜半、引き渡した秘密兵器を密かに運び出し、トウモロコシに偽装して軍用トラックに積み込んだのだ。<br />
秘密兵器の正体は悲惨な毒ガス兵器であり、この非人道的な兵器の使用を認められない関中佐は軍を裏切ることを決意、中国大陸のど真ん中から陸路で海岸まで秘密裏に運び、沖合に投棄しようというのだ。</span><br />
<br />
<a href="http://wild7.jp/wp-content/uploads/2010/01/tiger_chara.jpg"><img class="alignright size-full wp-image-4040" title="タイガー陸戦隊 メインキャラクター" src="http://wild7.jp/wp-content/uploads/2010/01/tiger_chara.jpg" alt="タイガー陸戦隊 メインキャラクター" width="271" height="524" /></a>この関中佐の個人的な「作戦」に、最初は知らずに巻き込まれ、後に同志となって護衛役となるのが、海軍陸戦隊タイガー別動隊、通称「タイガー陸戦隊」の面々である。隊長の長門慎吾、巨漢の「牧師」、アイパッチの「海賊」、理知的な「チャボ」、マント姿の「スーパーマン」の５名。陸戦隊とは「海軍の中の陸軍」で、地上戦の専門部隊だ。彼らが海軍所属であることはストーリー上の意味がある。陸軍である関東軍の支配を受けず、関中佐が指揮下に置くことが出来るからだ。<br />
<br />
「タイガー陸戦隊」のメンバーは軍服も着ないし、愛称で呼び合うような（外見も）個性的な連中だ。いずれも軍隊のはみ出し者たちだが、隊長の長門を中心に固い絆で結ばれている。また中国大陸での戦いに熟知したスペシャリストであり、強兵だ。関東軍の支配下にない彼らは「抗日ゲリラハンター」の腕を買われ、「傭兵」のような立場で生活していたのである。<br />
<br />
非エリートのはみ出し者たちと、海軍のエリートである関中佐がぶつかり合いながらお互いを理解し合い、「戦い」の目的を共有し、ひとつのチームになっていく過程が本作の大きな見どころの一つである。また、この関係はエリート警察官・草波勝と元悪党のワイルド７メンバーの関係になぞらえることができ、本作をグループヒーローものの歴史的傑作「ワイルド７」の原型と見ることも可能と思われる。（ワイルド７の約１年前にスタートし、４ヶ月前に終了した作品である）<br />
<br />
この物語の展開は、関中佐と副官の中尉（気弱）、そしてタイガー陸戦隊の５名の計７名が秘密兵器を積載した軍用トラックに同乗し、様々な敵の追撃をかわしながら大陸を横断する、というものである。物語のパターンとしては「脱出行」であり、これは「ワイルド７」の「千金のロード」や「秘密探偵ＪＡ」の「脱走列車」（スケールが巨大だが）や、「愛と青春の100大隊〜アフリカ戦線レスキュー編」などにも通ずる、先生お得意の展開のひとつである。西部劇の傑作「駅馬車」もこのパターンだが、先生はこの映画のシナリオを入手して研究なさったそうであり、上記作品のスリリングな展開にその成果が現れていると思う。また、本作はこうした作品の性格から「戦記マンガ」というよりも、「はだしの巨人」のような「冒険マンガ」の要素が強い作品と言うことができると思う。<br />
<br />
<a href="http://wild7.jp/wp-content/uploads/2010/01/tiger_enemy1.jpg"><img class="alignleft size-full wp-image-4045" title="タイガー陸戦隊 敵対勢力" src="http://wild7.jp/wp-content/uploads/2010/01/tiger_enemy1.jpg" alt="タイガー陸戦隊 敵対勢力" width="238" height="361" /></a>この作品を語る上で、「舞台」と「敵」を外すことは出来ないだろう。戦時中の中国大陸が舞台なので、敵は「共産党軍」と「国民党軍」の両軍、そして国民党軍は様々な軍閥からなる。この軍閥が秘密兵器の噂を聞きつけ、自軍を有利にしようと狙ってくるのだ。馬賊の襲撃や日本軍からの追及も予想される。「舞台」も「敵」も極めて複雑なのである。<br />
<br />
雄大な奇峰群や村の風景、民家の内部などが綿密に描かれており、作品世界の構築に大きな貢献をしている。後述する兵器類の描写もそうだが、舞台が舞台だけに資料収集には相当の時間をおかけになったと思われる。このような細部へのこだわりがあるからこそ、発表から40年以上経ってからも読み返せるのだ。クオリティ維持のためのこうした努力、そしてそれをしっかり描写できる作画レベルの高さには、ただ感心と感謝あるのみである。<a href="http://wild7.jp/wp-content/uploads/2010/01/tiger_bombing.jpg"><img class="alignright size-full wp-image-4054" title="タイガー陸戦隊 迫力の爆撃シーンとしっかり描き込まれた集落" src="http://wild7.jp/wp-content/uploads/2010/01/tiger_bombing.jpg" alt="タイガー陸戦隊 迫力の爆撃シーンとしっかり描き込まれた集落" width="250" height="385" /></a><br />
<br />
さて、小学生の私が衝撃を受けたシーンの説明に入ろう。この秘密兵器は１発で１キロ四方の人間を一瞬に白骨化するという恐るべき毒ガス兵器なのだが、逃避行の目的がその兵器の略奪・廃棄だとを知らされた時、メンバーからは「日本軍から見れば犯罪だ」という声が上がる。これに対し、関中佐は「これが犯罪なら あの兵器を使用することの方が よほど人類にたいして大犯罪だろう!!」と答える。隊長の長門がこれに同調、祖国を裏切る悪人になっても人類に対する犯罪を食い止めるカッコイイ役を演じよう、と仲間に呼びかけるのだ。<br />
<br />
これまでに読んできた戦記モノでは一般的だった、カッコイイ兵器の活躍やヒロイズム、あるいは敗者の滅びの美学、ロマンといった要素は本作にはなく、テーマは「戦争犯罪と人間の尊厳」だった。この作品テーマに強く心を打たれたのである。<br />
<br />
関<a href="http://wild7.jp/wp-content/uploads/2010/01/tiger_restaurant.jpg"><img class="alignleft size-full wp-image-4048" title="恐怖部隊の「レストラン」" src="http://wild7.jp/wp-content/uploads/2010/01/tiger_restaurant.jpg" alt="恐怖部隊の「レストラン」" width="267" height="305" /></a>東軍の民間人に対する暴虐シーンもショックだった。「恐怖部隊」と呼ばれる部隊では「レストラン」と称して民家で食事をとる。拳銃を数発発射すると、立ち所に民家がレストランに早変わりするという訳だ。しかも兵士に心を棄てさせ、強兵を作るための手段としてこれを「励行」しているというのである。その他にも「恐怖部隊」による敵・味方の恐怖支配は強烈で、戦争というものを複眼的に見なくてはならないことを初めてこの作品から学んだのだった。<br />
<br />
次にマニアックな話題を少々。久しぶりに本作を読み返して驚いたのは、兵器、装備類の描写である。執筆時の1968年はタミヤのミリタリーミニチュアシリーズがスタートした年であり、テレビでは「マイティジャック」や「巨人の星」が放映されているという時期の少年誌に、零式輸送機の機銃装備型（二二型甲）が登場し、九九式襲撃機が急降下爆撃を敢行している。<br />
<br />
もっとスゴイのがAFV（装甲戦闘車両）。九五式軽戦車はまだしも、九四式軽装甲車という超マイナー車両まで登場するのだ（あっという間のやられ役だが）。「装甲車」と名が付くが実態は豆戦車で、汎用性が重宝されて歩兵師団でも使用されていたというから、登場場面の設定としては正しい。また、BT-2というソ連製の戦車が登場する（しかも連装機銃装備型）のだが、この戦車の特色である「装輪走行」（キャタピラを外し車輪で走れる）をするシーンが描かれている！詳しい人でも三号・四号戦車の区別がようやく付くようになったような時期に&#8230;望月マニ也、恐るべし。<br />
<br />
<a href="http://wild7.jp/wp-content/uploads/2010/01/tiger_tanks.jpg"><img class="alignright" title="タイガー陸戦隊に登場する個性的な戦車たち" src="http://wild7.jp/wp-content/uploads/2010/01/tiger_tanks.jpg" alt="タイガー陸戦隊に登場する個性的な戦車たち" width="434" height="301" /></a>さらにスゴイのが、国民党軍の装備。「中独合作」の結果、主力部隊はドイツ式の装備をしていたのだが、ドイツ軍のヘルメット姿の兵士がキチンと描かれている。この徹底ぶりには本当に驚いた。先生の「資料へのこだわり」はこの頃から半端ではなかったのだ。<br />
<br />
まとめに入ろう。本作は「ワイルド７」以前の作品であり、キャラクターの画風も60年代風のマンガ的なものである。このため一見すると「幼い」作品に見えてしまうかもしれないが、作品のテーマは極めて重く、シリアスタッチである。先生がこれまで培ってこられた「息をもつかせぬ展開」「工夫に満ちたアクション」にさらに磨きがかかっているだけでなく、リアル志向、シリアス志向という新しい領域へ踏み出そうとする、後の「ワイルド７」を予感させる内容になっていると思う。<br />
<br />
すべての望月作品の基底には「ヒューマニズム」が流れていると思うが、本作は「戦争犯罪と人間の尊厳」をテーマにしているため、これがとりわけ色濃く現れている。子供時代に感銘を受けた立場から、現代の子供たちにもぜひ読んでもらいたいと願う良作である。<br />
<br />
最後に望月先生にお尋ねしたいのですが、関中佐の顔にはモデルがいるように感じるのです。ひょっとして戦時中の中国を舞台にした痛快娯楽映画の主人公のひとりではないでしょうか&#8230;？<br />
<br />
『タイガー陸戦隊』<br />
初　出：少年画報社「少年画報」1968年10月号〜69年５月号<br />
単行本：少年画報社（キングコミックス）1969年、若木書房（BIG ACTIONシリーズ）1976年、<br />
大都社（スターコミックス）1983年、eBookJapan（電子書籍）<br />
<a href="http://www.ebookjapan.jp/ebj/book/60015544.html">http://www.ebookjapan.jp/ebj/book/60015544.html</a></div>
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		<title>サムライ教師ボギー</title>
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		<pubDate>Fri, 04 Sep 2009 11:28:13 +0000</pubDate>
		<dc:creator>ぐりゅーん・へるつ</dc:creator>
		
		<category><![CDATA[作品紹介]]></category>

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		<description><![CDATA[
本作は1981年に週刊プレイボーイに連載された、教師を主人公とした学園コミックである。私はこの作品を、60年代の「秘密探偵JA」、70年代の「ワイルド７」「俺の新選組」に続く、80年代の望月先生の代表作と考えている。こ [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<div>
<img class="alignleft size-medium wp-image-3138" title="bogie_01" src="http://wild7.jp/wp-content/uploads/2009/08/bogie_01-300x177.jpg" alt="" width="300" height="177" />本作は1981年に週刊プレイボーイに連載された、教師を主人公とした学園コミックである。私はこの作品を、60年代の「秘密探偵JA」、70年代の「ワイルド７」「俺の新選組」に続く、80年代の望月先生の代表作と考えている。この時代は「ヤング○○○」といった青年コミック誌の創刊が相次ぎ、本作もそうしたヤングアダルト向けの作品だが、このカテゴリーでの先生の代表作ではないかと思う。それほど個人的に大好きな作品である。<br />
<br />
 <br />
<br />
<span id="more-3136"></span><a href="http://wild7.jp/wp-content/uploads/2009/08/bogie0001.jpg"></a><a href="http://wild7.jp/wp-content/uploads/2009/08/bogie001-22.jpg"><img class="alignright size-medium wp-image-3202" title="bogie001-22" src="http://wild7.jp/wp-content/uploads/2009/08/bogie001-22-300x136.jpg" alt="" width="300" height="136" /></a>主人公の「ボギー」こと頼近先生は、望月名キャラクターの一人に数えられる存在だろう。チリチリパーマに太い眉。一見クールで利己的だが、根は義侠心に富んだ好漢。先生もこのキャラクターがお気に入りなのか、「黒い砂-ブラックサンド-」（1982年）の「サブちゃん」や、「愛と青春の100大隊（ワンプカプカ）」（1984年）の「サム・雷田」など、他作品にも中心キャラクターとして「出演」させている。<br />
<br />
さて、作品の内容に入ろう。舞台は横浜の私立高校「横巾高校」。歴史ある伝統校であり、かつては名門だったらしいが、近年は「暴力学園の代名詞」と呼ばれるまでに成り下がっている。徐々に明らかにされるが、この原因は教師たちの「事なかれ主義」にあった。生徒たちと真正面から向き合わず、臭い物に蓋をしようとする。その中途半端な「マアマア教育」が生徒たちを巨大な怪物にしてしまったのである。現実社会でも、卒業式の際の「お礼参り」対策として警察の介入が常態化するなど、校内暴力が社会問題化していた時期だった。こうした教育問題への望月先生からの回答（処方せん）が「サムライ教師ボギー」だと考えている。<br />
<br />
本作のタイトルは「サムライ教師」と「ボギー」の２つの語からなっている。「サムライ教師」とは、主人公が会津藩士の末裔で、会津のサムライ魂を継承していることを示している。「ボギー」は、ご存知ハンフリー・ボガートの愛称。頼近先生は、仏壇にボギーの写真を祀り毎朝自慢の珈琲を供えているというほど、ハードボイルドの代名詞・ボギーを敬愛しているのである。<br />
<br />
教育をテーマにした作品に「会津」を登場させたことには大きな意味があると思う。会津藩における藩士の子弟教育組織「什」では、次の７箇条の心得を誓い合っていたという。<br />
<em><span style="color: #3366ff;">一、年長者の言ふことには背いてはなりませぬ。<br />
一、年長者には御辞儀をしなければなりませぬ。<br />
一、虚言を言ふ事はなりませぬ。<br />
一、卑怯な振る舞いをしてはなりませぬ。<br />
一、弱いものをいぢめてはなりませぬ。<br />
一、戸外で物を食べてはなりませぬ。<br />
一、戸外で婦人と言葉を交へてはなりませぬ。</span></em><br />
<br />
<em><span style="color: #3366ff;">ならぬことはならぬものです。<br />
</span></em>その後の会津藩の歴史を考えると、最後の「ならぬことはならぬ」に強い感慨を覚える。<br />
<br />
この「ならぬことはならぬ」を信条とする会津のサムライ精神とボギーのハードボイルド精神を合わせ持った「サムライ・ハードボイルド教師」が、暴力学園で孤軍奮闘するのが本作のおおまかな筋である。<br />
<br />
<img class="size-medium wp-image-3149 alignleft" title="bogie004" src="http://wild7.jp/wp-content/uploads/2009/08/bogie004-196x300.jpg" alt="" width="196" height="300" />しかし、これだけだけでは本作の魅力を半分も表現出来ていない。頼近先生というキャラクターの魅力が極めて大きいのである。「サムライ・ハードボイルド教師」と書くと「固い」イメージを持たれると思うが、頼近先生は超アンチヒーロー型の主人公であり、掲載誌のジャンルが異なるとはいえ、品行方正な「飛鳥次郎」との圧倒的な距離感には眩暈を覚えるほどである。このキャラクターの幅広さは「巨匠」ならではのものだろう。<br />
<p style="text-align: center;"><a href="http://wild7.jp/wp-content/uploads/2009/08/bogie004.jpg"></a></p>
<br />
<a href="http://wild7.jp/wp-content/uploads/2009/08/bogie0081.jpg"><img class="alignright size-medium wp-image-3151" title="bogie0081" src="http://wild7.jp/wp-content/uploads/2009/08/bogie0081-262x300.jpg" alt="" width="262" height="300" /></a>頼近先生を語るには、「言葉」「経歴」「ファッション」を外すわけには行かない。<br />
まず「言葉」。英語教師である頼近先生は女生徒たちが聞き惚れるような流暢な英語を話すが、日本語の方は「これじゃアンベエ悪いガ？」「コワイじょっこだナシ」といったキツイ会津弁。この落差が最高に面白い。また、極道モノにおける広島弁のように、方言は「違った価値観を持ったキャラクター」を表現するのに有効である。頼近先生の会津弁は「サムライ教師」のキャラクター性をうまく引き出していると思う<br />
<br />
次に「経歴」。履歴書には「外国留学」「無線技士のアルバイト」と書いてあるそうだが、頼近先生は教師になる前、アフリカで傭兵の無線係をしていたのだ。英国人の戦友たちと死線を彷徨う中、まさに「実戦」で身に付けたイングリッシュなのである。この発想、いかにも望月先生である（他の誰に出来ようか？）。また、「アフリカで傭兵」からは「夜明けのマッキー」を、「流暢なイギリス英語」からは飛葉大陸を連想させるのもファンとしては楽しい。頼近先生の戦闘能力には傭兵経験が活かされているようだが、飛葉にも傭兵経験があり、そこで実戦経験を積み、英語も身に付けたのでは？と妄想が膨らむ（イギリス人のガールフレンドの話は、暴力警官を愚弄するための方便と解釈）。<br />
<br />
<a href="http://wild7.jp/wp-content/uploads/2009/08/bogie009.jpg"><img class="alignleft size-medium wp-image-3152" title="bogie009" src="http://wild7.jp/wp-content/uploads/2009/08/bogie009-300x293.jpg" alt="" width="300" height="293" /></a><br />
<br />
そして「ファッション」である。ヤマハ XV750 Specialのカスタムで颯爽と登校する頼近先生は、革ジャン、ブルージーンのバイカースタイルである。作品中「ホモのファッションしやがって」「会津じゃクルージングはまだ流行ってねえ」といった意味のセリフのやり取りがある。「クルージング」とは、この年に日本公開されたハードゲイのカルチャーを描いた映画のことで、主演のアル・パチーノ（潜入捜査官）のゲイファッションが話題になった。これがレザーのバイカースタイルなのだが、このゲイファッションの原点は1953年公開の「乱暴者（あばれもの）」に登場するアウトロー・バイカーたちのファッションだとされている。主演は若き日のマーロン・ブランド。頼近先生のファッションは、ブランドが演じるバイカーグループのリーダー「ジョニー」に由来するものと思われる。<br />
<br />
この映画は、アウトロー・バイカーを史上初めてヴィジュアル化し、そのイメージを固定した作品として名高い。内容的にも「イージー・ライダー」の元祖、アメリカン・ニューシネマの元祖とも言われている。原題が「The Wild One」ということも興味深いところだ。主人公ジョニーは、ラスト近くで、保安官に「お前は何に反抗している？ 自分でも分からないんだろう」と言われる。ジョニーは自分のスジを通すために「反抗」しているが、具体的な目標、目的を持っている訳ではない。これは頼近先生にも共通する部分でもある。<br />
<br />
<a href="http://wild7.jp/wp-content/uploads/2009/08/bogie005.jpg"><img class="alignright size-medium wp-image-3153" title="bogie005" src="http://wild7.jp/wp-content/uploads/2009/08/bogie005-275x300.jpg" alt="" width="275" height="300" /></a>頼近先生は日本の教育界を正すために教員になったわけではないのだ。同郷の親友に誘われ、オシャレな横浜でカワイイ女生徒たちに囲まれて楽しく過ごせるんじゃないかという、実に安易な動機で就職する気になっただけ。作中で「教師の姿は世を忍ぶ仮りの姿」というセリフもあるし、ハマの暴走族のリーダーという裏の顔もある。頼近先生の実態は謎に包まれているが、教職に燃えているのではないことだけは確か。腐った学園組織を改革しようとか、そんな目的は微塵も持っていない。「ならぬことはならぬ」の精神で、生徒や自分自身に降りかかる問題に真正面からぶつかり、真摯に対処しているだけだ。高邁な理念や思想に基づいて行動するのではなく、「行動」が彼の「思想」になっている。この点に「ワイルド７」や「俺の新選組」のキャラクターたちとの共通性が感じられ、私が惚れ込んでいる部分なのである。「行動者の美学」こそ、望月キャラクターの魅力ではないだろうか？<br />
<br />
<a href="http://wild7.jp/wp-content/uploads/2009/08/bogie010-15.jpg"><img class="alignleft size-medium wp-image-3157" title="bogie010-15" src="http://wild7.jp/wp-content/uploads/2009/08/bogie010-15-208x300.jpg" alt="" width="208" height="300" /></a>本作の最終章は北海道への「殴り込みツアー」である。ワイルド７の「魔像の十字路」や「俺の新選組」の最終局面は「北の大地」になるはずだったと思われるが、果たされていない。（「魔像の十字路」に関しては私見。拙稿<a href="http://wild7.jp/1956">「作品紹介 魔像の十字路」</a> を参照）その点で本作は前２作の「遺志」を継いでいるようにも感じられる。その他、先生の他作品との関係が深いのも本作の魅力のひとつだ。「ジャパッシュ」の日向光が「裏番」として登場、「面従腹背」で欺きつつ頼近先生を窮地に陥れる。「俺の新選組」の芹沢鴨と新見錦が暴力団幹部として出演、火花を散らす。芹沢似のキャラクターの扇子には「害虫報国」と描かれている（オリジナルは「尽忠報国」）。潔癖症の同僚女教師はイコに、女暴走族「女（アマ）ゾネス」のリーダーはユキに似ている気がする。また「騒世記」の女生徒の姿も。そんな風に望月キャラクターを探す楽しみもある。<br />
<br />
望月先生はバイオレンス描写において右に出る者がいない存在だが、学園モノである本作でもその才は遺憾なく発揮されている。頼近先生は決して無敵の存在ではない。超人的な戦闘力、タフネスさを備えているわけではない。そこが、よくある学園バイオレンス作品とは本質的に違うところだ。<br />
<br />
<a href="http://wild7.jp/wp-content/uploads/2009/08/bogie015.jpg"><img class="alignleft size-medium wp-image-3158" title="bogie015" src="http://wild7.jp/wp-content/uploads/2009/08/bogie015-273x300.jpg" alt="" width="273" height="300" /></a><a href="http://wild7.jp/wp-content/uploads/2009/08/bogie016.jpg"><img class="alignnone size-medium wp-image-3159" title="bogie016" src="http://wild7.jp/wp-content/uploads/2009/08/bogie016-196x300.jpg" alt="" width="196" height="300" /></a><br />
<br />
頼近先生は着任早々クラスの悪の４人組から体育館で「歓迎パーティ」と称する暴行を受けてボコボコにされるが、復讐を狙う頼近先生は４人組の登校ルートを調べ上げ、待ち伏せして個別に制裁を加えて行く。タオルに石を詰め込み、遠心力を利用した打撃武器（ダビデの投石器に似ている）を使って。彼は基本的に素手で戦うことはしない。また、数的に優位な状況でないと戦いを挑まない。タイマンの場合は武器を使用し、殴り込みには相手以上の人数を揃える。奇襲攻撃も基本だ。「どこがサムライなんだ」という声も聴こえてきそうだが、これらは著名な戦闘機エースパイロットの空戦哲学とまったく同じであり、リアルなバトルでは鉄則なのである。このようなバイオレンス描写は一見カッコ悪いのだが、青少年が一定のリアリティを持って読める学園モノで、荒唐無稽な無敵のバイオレンス描写を行うと教育上良くないという先生の判断があったのではないかと思っている。もちろん、こうした描写が作品としての面白さ、キャラクターの個性を増幅させる効果を生むことも考えられているだろう。<br />
<br />
最後に、この作品が以後の作品に与えた影響を指摘しておきたい。私はマンガ研究家ではないのでハッキリしたことは言えないのだが、この作品より前に「バイオレンス教師モノ」というジャンルは存在しなかったように思う。主人公である教師が極道だったり暴走族あがりのワルで、ワルさもするしケンカもするが、同じくワルの生徒たちと真正面からぶつかり合って行くような作品だ。私の記憶では80年代後半ごろからこうした作品が出始め、2009年現在でも映画化されるほど、このジャンルの作品は人気がある。「ワイルド７」や「俺の新選組」と同じように、本作も新たなジャンルを開拓した先駆的な作品だと考えている。「元祖」としての功績、作品の魅力を現代に伝えるためにも、ぶんか社からの再刊を心待ちにしている者である。<br />
<br />
<a href="http://wild7.jp/wp-content/uploads/2009/08/bogie_021.jpg"><img class="size-medium wp-image-3205 alignleft" title="bogie_021" src="http://wild7.jp/wp-content/uploads/2009/08/bogie_021-170x300.jpg" alt="" width="170" height="300" /></a>本作は2009年現在、eBookJapanより電子書籍として発刊されている。<br />
<br />
eBookJapan-サムライ教師ボギー<br />
<a href="http://www.ebookjapan.jp/ebj/book/60022254.html">http://www.ebookjapan.jp/ebj/book/60022254.html</a></div>
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		<title>ワイルド７「死神を処刑」</title>
		<link>http://wild7.jp/2807</link>
		<comments>http://wild7.jp/2807#comments</comments>
		<pubDate>Thu, 30 Apr 2009 17:00:46 +0000</pubDate>
		<dc:creator>ぐりゅーん・へるつ</dc:creator>
		
		<category><![CDATA[作品紹介]]></category>

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		<description><![CDATA[
　　　　　
ワイルド７「死神を処刑」
　週刊少年キング 1973年38号（9/10）
　　　　　
　　　　　
　　　　　
今回取り上げる「死神を処刑」は、ワイルド７では珍しい82ページの短編作品であり、持病の腰痛を悪化 [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<div>
<a href="http://wild7.jp/wp-content/uploads/2009/04/sinigami01.jpg"><img src="http://wild7.jp/wp-content/uploads/2009/04/sinigami01-200x300.jpg" alt="" title="sinigami01" width="200" height="300" class="alignleft size-medium wp-image-2808" /></a>　　　　　<br />
ワイルド７「死神を処刑」<br />
　<small>週刊少年キング 1973年38号（9/10）</small><br />
　　　　　<br />
　　　　　<br />
　　　　　<br />
今回取り上げる「死神を処刑」は、ワイルド７では珍しい82ページの短編作品であり、持病の腰痛を悪化させ日常生活も困難な状況にあった望月先生がメイン作画を田辺節雄さんに委ねて生み出されたという経緯を持つ作品である。<span id="more-2807"></span><br />
本作はこのような「特殊性」のためか、ファンの間でも語られることが少ないようだ。<br />
しかし私はワイルド７のエッセンスが高濃度で凝縮された「隠れた名作」だと思っている。<br />
　　　　　<br />
<div><span id="attachment_2810" class="wp-caption alignleft" style="width: 640px;"><a href="http://wild7.jp/wp-content/uploads/2009/04/sinigami02_03.jpg"><img class="aligncenter size-full wp-image-2810" sinigami02_03" src="http://wild7.jp/wp-content/uploads/2009/04/sinigami02_03.jpg" alt="" width="640" height="284" /></a><span class="wp-caption-text alignright" style="color: #993300;margin-bottom:10px;"><small>「人気バツグン」「迫力最高」の文字が踊る「死神を処刑」掲載号とピンナップ。<br />本作はワイルド７連載200回目となるメモリアルエピソードであり、<br />今号はこれを記念しワイルド７を大フィーチャーした「ワイルドサマー超大号」となった。</small></span></span></div>
　　　　　　　<br />
<p>　<br />
ワイルド７の魅力とは何だろうか？バイク、ガン、兵器類の濃密なアクション。キャラクターの魅力。友情。自己犠牲、悪への怒り。そして忘れてはならないのが「社会的テーマ性、メッセージ性」の強さだと思うのだ。</p>
　　　　　<br />
「バイク騎士事件」のテレビ局（メディア）を使った国民の意識操作、肉鉄王国、神話航空など独占的大企業の悪事。犯罪（武装闘争）被害者の悲劇を描いた「ゲリラハンター・ユキ」。いずれも、実在する潜在的な「脅威」を漫画的に誇張したものである。社会の脅威に立ち向かうワイルド７の戦いには「社会的テーマ性、メッセージ性」が強いものが多かったが、それらはうまく「漫画的エンターテインメント性」の中に包まれており、決して説教くさいものではなかった。何よりも漫画として非常に面白かった。この「メッセージ性とエンターテインメント性の高次元での両立」こそ、望月漫画の真骨頂だと思う。<br />
　　　　　<br />
さて、「死神を処刑」の内容に入ろう。<br />
今回のターゲットは九鬼源介。アラブの紛争地域に日本製の武器を持ち込み、利益をあげている武器商人いわゆる「死の商人」だ。物語の最終局面、九鬼が滞在するホテルの部屋に乗り込む飛葉。用心棒をショットガンで撃ち倒した後、「てめえのあいてはこっちの銃だ」と64式小銃を取り出す。<br />
　　　　　<br />
<div align="center"><a href="http://wild7.jp/wp-content/uploads/2009/04/sinigami04.jpg"><img src="http://wild7.jp/wp-content/uploads/2009/04/sinigami04.jpg" alt="" title="sinigami04" width="500" height="375" class="aligncenter size-full wp-image-2815" /></a></div>
　　　　　<br />
この銃は飛葉がアラブゲリラから借りてきたものだ。「日本製の自動小銃が海外の紛争地域で使用される…このようなことが現実にあり得るのだろうか？」初読の中学生時代、私はそう思ったものだが、「死神を処刑」が掲載された1973年の前年には北アイルランドで、同年にはニューヨークで、日本でライセンス生産され輸出されたスポーツライフルが紛争に使用されるという「事件」が実際にあったのである。この銃（AR180）は本来半自動だが簡単に全自動に改造でき、20連、30連のマガジンを装着することも可能だった。スポーツライフルとして合法的に輸出されたものだが、武器（自動小銃）に容易に転用できることが国会でも問題になり、国からメーカーに輸出の自粛が求められ、後に輸出も生産もストップすることとなった。私はこの事実を近年知ったのだが、直ちに本作が思い浮かんだ。あり得ない話じゃなかったんだ…望月先生の見識の高さを改めて実感し、尊敬の念をさらに強くしたものである。<br />
　　　　　<br />
「日本人のつらよごしやろう!! てめえの売った武器の味をとっくり味わってみろっ」<br />
64式小銃を構える飛葉。ガードマンの死体を盾に、必死の命乞いをする九鬼。<br />
「やっと武器のこわさを知ったようだな」「だが…もうおそい!!」<br />
20連マガジンに込められた全弾が、日本の死の商人の肉体に叩き込まれる。<br />
　　　　　<br />
「武器のこわさを知れ！」心に突き刺さるメッセージである。九鬼が扱っていたような小型武器（自動小銃や携帯用対戦車兵器、爆発物、地雷等）は、紛争を誘発、長期化させるだけでなく、紛争終了後も回収されず治安を悪化させている。国連の報告では小型武器の使用による死者は年間50万人にものぼり「事実上の大量破壊兵器」とさえ言われているが、回収、破壊、流通規制等の取り組みは難航している。「死神を処刑」の持つメッセージ性は現代においてもまったく色褪せていない。それどころか、その重要性は35年前より増している感もある。九鬼の処刑後、飛葉はつぶやく。「これでしばらくは このアラブ地域に武器がはいるのを ふせげるだろう」　武器商人１人を片づけたところで問題が根本的に解決する訳ではない。これもまた非常に重いメッセージである。<br />
　　　　　<br />
次に「メッセージ性」以外の部分を見てみよう。<br />
冒頭のシーン。中東の紛争地域の国境付近、アラブゲリラのアジトになっている村に現れる飛葉。「ここで待たせてもらうぜ」とゲリラの隊長に告げる。彼はここで何を「待つ」のか？飛葉の目的がなかなか明らかにされず、読者はずっと引っ張られて行く。物語の最終盤、九鬼が「死の商人」の本性を現しイスラエル側に寝返ったとの報に接した時、飛葉は「その死の商人 九鬼源介を葬りさる！ これがおれの任務だ!!」と叫び、ようやく目的が明らかになる。この「引っ張る」展開が素晴らしいと思う。<br />
　　　　　<br />
<a href="http://wild7.jp/wp-content/uploads/2009/04/sinigami05.jpg"><img src="http://wild7.jp/wp-content/uploads/2009/04/sinigami05.jpg" alt="" title="sinigami05" width="251" height="400" class="alignleft size-medium wp-image-2817" /></a>飛葉が「待つ」間、世話になるゲリラ親子のキャラクターが実に素晴らしい。「オヤジさん」と呼ばれる落ち着いた物腰の兵士とアリという名の息子だが、活発な子供と飛葉を絡ませることで、現地の厳しい水・食糧事情をギャグを交えて表現でき、「きまってるね ヒバちゃん」という先生お得意の時事CMギャグも出せた。また、「父と子の情愛」という、泣かせのツボもある。オヤジさんは、オアシスから水を引いて貯蔵するための水タンクづくりを行っており、アリもそれを手伝っている。破壊しかもたらさない戦火の中で進められる父と子の建設的な作業。それをゴロゴロしながら横目で見ている飛葉。無関心を装いながらも、父子の姿がとても気になっているのである。<br />
　　　　　<br />
スパイの通報をきっかけにイスラエル軍の空爆が開始され、続いて戦車・兵員輸送車からなる地上部隊が侵攻してくる。対戦車兵器を空爆で失い窮地に陥るゲリラたち。「勝負あったな」飛葉の戦術的判断は的確で素早い。ついに決然と立ち上がった飛葉は、バイクで単身、戦車群に立ち向かっていく。「てめえの命が かわいいだけよ」などと言いながら、ゲリラの負傷兵や住民たちを見殺しにすることは決して出来ない。クールでワルぶっているが、根はとても情に厚い男。私は飛葉のこういう部分が大好きだ。<br />
　　　　　<br />
バイクで戦車に戦いを挑む。これはバイクアクション作品の究極の状況設定と言って良いだろう。しかも遮蔽物がまったくない砂漠が舞台だ。「ワイルド７に作戦は必要ねえ!! 必要なのは その場そのときの 瞬間の適応性だ」という名言（戦術の引き出しの多さ、臨機応変の機転の早さ、自主性がチーム全体に備わってこそのモットーであり、サッカー日本代表に聞かせてやりたい）とともに、奇想天外の「ダビデ作戦」が展開される。ソリに砲弾をくくりつけて高速で牽引するのだが、ソリは子供たちが砂丘で遊んでいたものだし、砲弾は飛葉がスパイ容疑で殺されかかった際に威嚇に使ったもの。きちんと伏線として登場している。アクションシーンのアイディアも極めて秀逸だが、そこに至る話の作り方が実に上手いと思う。<br />
　　　　　<br />
<div align="center"><a href="http://wild7.jp/wp-content/uploads/2009/04/sinigami06.jpg"><img src="http://wild7.jp/wp-content/uploads/2009/04/sinigami06.jpg" alt="" title="sinigami06" width="500" height="393" class="aligncenter size-full wp-image-2821" /></a></div>
　　　　　<br />
話の作り方と言えば、空爆から水タンクを守ろうとして負傷したアリが物語から一時的に退場し、ラストシーンに再登場するのだが、このあたりの展開も心憎いばかりだ。<br />
　　　　　<br />
イスラエル側の国境の町に九鬼が滞在していることを聞きつけた飛葉は、強力な機甲大隊が駐屯しているという忠告も省みず、「１パーセントに賭ける」と任務遂行のために出発しようとする。ここから、オヤジさんから仲間たちへの「飛葉さんに手を貸そう」という呼びかけ、ゲリラたちの議論、志願者５人による陽動作戦という、戦車戦に続く第２の山場に物語は向かって行く。<br />
　　　　　<br />
普段は物静かで温厚なオヤジさんによる熱烈な呼びかけには、何度読んでも泣かされる。「イスラエルに武器を売る商人は敵だっ その敵をたおすための手だすけだ 犬死にじゃない!!」「わしはいくよ わしはアリに&#8221;恩をうけたらわすれるな わすれたら男じゃない&#8221;…といつも そういいきかせてきたんでな」「アリは男の子だ わしがいなくても ちゃんと生きていける」この一連のシーンは、アリが父親の側にいては決して生きて来ないのだ。<br />
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オヤジさんの呼びかけに呼応した戦士たちは、イスラエル軍の機甲大隊に正面から立ち向かう。「陽動作戦だ できるだけ はでにやれっ」 あまりにも無謀な攻撃に気を取られた町の防備は薄くなり、飛葉は容易にホテルに潜入できた。そして上述の処刑シーンへと繋がって行く。<br />
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任務を果たした飛葉は、町の入り口に横たわる５人の戦士たちの死体を前に、バイクの足を止める。空港へは向かわずにゲリラのいた集落へ戻り、戦火で傷ついた水タンクをひとり修復する飛葉。背後から包帯姿のアリが近寄る。「とうちゃん!! なおったんだね タンクもとどおりになったんだね」という呼びかけに振り返らず、無言で立ち去る。ゴーグルに涙を滲ませながら、朝日の中をCB750が走り去って行く。深い余韻を残す名ラストシーンだ。ホテルを出てからの飛葉は終始無言である。「心のつぶやき」さえもない。飛葉の心情は読者が想像するしかないが、それが実に効果的なのである。<br />
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<div align="center"><a href="http://wild7.jp/wp-content/uploads/2009/04/sinigami07.jpg"><img src="http://wild7.jp/wp-content/uploads/2009/04/sinigami07.jpg" alt="" title="sinigami07" width="640" height="310" class="aligncenter size-full wp-image-2822" /></a></div>
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今回は飛葉の単独任務であり、他のワイルドのメンバーは出て来ない。しかし、飛葉の任務遂行のために戦い、散って行ったオヤジさんたち５人の戦士もワイルド７の臨時メンバーと呼んでやりたい。飛葉と肩を並べて戦うことはなかったが、志において飛葉と完全に一致していたのだから。<br />
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短編であり特殊事情もあった本作だが、メッセージ性とエンターテインメント性が見事に両立し、ワイルド７の魅力がすべて詰まっていると言っても過言ではない。そう思えるほど内容が高度であり、個人的にも思い入れの強い作品である。未読の方はぜひご覧になって頂きたい。ぶんか社の文庫判では、第11巻「谷間のユリは鐘に散る」に併録されている。<br />
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		<title>ワイルド７「魔像の十字路」</title>
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		<pubDate>Sun, 01 Feb 2009 15:21:52 +0000</pubDate>
		<dc:creator>ぐりゅーん・へるつ</dc:creator>
		
		<category><![CDATA[作品紹介]]></category>

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		<description><![CDATA[

　　　
ワイルド７「魔像の十字路」週刊少年キング
　1977年49号（11/29）〜79年29号（7/16）
　　　　
　　　　
グループヒーロー、ポリスアクションものの元祖であり、日本少年漫画史上に残る偉大な傑作の [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<div>
<a href="http://wild7.jp/wp-content/uploads/2009/01/img001.jpg"><img class="alignleft size-medium wp-image-1981" title="img001" src="http://wild7.jp/wp-content/uploads/2009/01/img001-200x300.jpg" alt="" width="200" height="300" /></a><br />
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ワイルド７「魔像の十字路」週刊少年キング<br />
<p style="margin-left:40px;">　1977年49号（11/29）〜79年29号（7/16）</p>
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グループヒーロー、ポリスアクションものの元祖であり、日本少年漫画史上に残る偉大な傑作の最終章である。<br />
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冒頭に不気味な妖婆が登場し、飛葉の死、そしてワイルドの消滅を予言。いかにも最終話らしい緊張感、危機感に満ちた「掴み」「煽り」に当時の読者たちは戦慄した。私のような「単行本派」の読者も、さすがに毎週キングを購入するようになったはずだ。<span id="more-1956"></span><br />
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ストーリー及びテーマも最終話に相応しい重厚なものだ。今回の敵は、日本を乗っ取り独裁者として君臨しようとする秘熊防衛大臣とその一味。「ワイルド最後の敵」として、まさしく相応しい相手である。この「敵」は自衛隊を操りクーデターを画策する反乱軍のリーダー・・・いや、そんな小さな存在ではない。陸上自衛隊の戦力を権力基盤にしているが、彼（秘熊）を支える巨大な組織は、既に日本の政財界に根を下ろしているのだ。組織の宣伝、情報部門はテレビ局や広告代理店の幹部が担い、潜水艦秘密基地の建造には自治体幹部、ゼネコンが関与している、といった風に。<br />
　　　　<br />
 ストーリーは秘熊が防衛大臣に就任したところから始まる。秘熊は防衛大臣として表舞台に立つと同時に自衛隊の人事権を握り、反対派の弾圧を開始。また「浅間地震」や自ら演出したテロによって危機管理の不備を国民に問い、私兵「SS自衛隊」に警察権を与えようとする。恐らく首相就任と同時にナチスと同様の「全権委任法」を国会で成立させ、名実ともに日本の独裁者になろうというのだろう。ポイントは、これら秘熊一味の策謀が、国民の歓呼の声の中で合法的に進められているということだ。ワイルドは、反秘熊派の議員や自衛隊幹部らとともに、この最も困難な敵（状況）に立ち向かうことになる。<br />
　　　　<br />
「主人公たち警察機関 vs 軍隊」という構図は、ポリスアクションもののクライマックスとしては良く用いられるが、敵はクーデターを起こした「反乱部隊」だ。しかし「魔像の十字路」においては、主人公側がクーデターを画策した「反乱部隊」にされてしまう。敵組織は合法的に権力を掌中に収めて「官軍」となり、主人公側が「賊軍」となってしまったのだ。勝負はすでに決したのか？<br />
　　　　<br />
最終回において、敵に寝返ったかに思われた草波が「獅子身中の虫」となるべく敵組織に潜入していたことが明かされる。「最後のワイルド」となった草波が秘熊と差し違えるのか。個人テロで形勢を逆転し、クーデターを成功させるのか。<br />
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<p style="margin-top:0px;"><a href="http://wild7.jp/wp-content/uploads/2009/01/img002.jpg"><img src="http://wild7.jp/wp-content/uploads/2009/01/img002.jpg" alt="" title="img002" class="alignleft size-medium wp-image-1986" width="225" height="362" /></a><br />
物語においては別の道も示されている。<br />
階級はヒラだが悪には屈しない本牧署の本山刑事。<br />
そして官邸で記者たちに向かって秘熊の悪事をぶち上げる白井記者の上司といった心ある個人が、それぞれの立場で抵抗を試みている。<br />
秘熊はまだ首相に就任しておらず、法的に完全な独裁者になり得ていない。<br />
ワイルドと自衛隊特殊部隊の活躍で潜水艦秘密基地の存在は暴露され、通常の方法で悪を叩けるチャンスがまだあるという、まさに「十字路」でストーリーは終わっている。<br />
　　　　<br />
大勢になびく者も多いが、秘熊一味の野望を、クーデターによらず合法的に打ち砕くことはまだ可能なのだ。<br />
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この状況でどういう「選択」をするのか、どういう「行動」をすべきなのかを我々読者に投げ掛ける形で終わっている。何ともリアルで重い問い掛けではないか。</p>
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<p style="margin-top:5px;"><a href="http://wild7.jp/wp-content/uploads/2009/01/img003.jpg"><img src="http://wild7.jp/wp-content/uploads/2009/01/img003.jpg" alt="" title="img003" class="alignright size-medium wp-image-1987" width="225" height="339" /></a><br />
お気付きのように、飛葉たちが置かれている状況は戊辰戦争開戦後の新選組に似ている。<br />
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「浪士には浪士をぶつける」というコンセプトのもとに誕生した特殊警察組織、新選組。<br />
幕府のために戦ってきた彼らだが、幕府という国家権力が瓦解した後は賊軍の象徴とされてしまう。<br />
後ろ盾が消滅しても「義」のために戦い続ける新選組、特に土方の戦いと飛葉の置かれた状況が重なり、想像力を刺激する。<br />
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物語中に新選組のドラマのロケシーンが登場するのだが、和装の土方が新政府軍と戦闘しているところを見ると鳥羽・伏見の戦いのようだ。<br />
その後の展開を暗示するシーンとして非常に印象深い。</p>
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<p style="margin-top:10px;"><a href="http://wild7.jp/wp-content/uploads/2009/01/img004.jpg"><img src="http://wild7.jp/wp-content/uploads/2009/01/img004.jpg" alt="" title="img004" class="alignleft size-medium wp-image-1988" width="225" height="343" /></a><br />
草波の寝返りで隊長と離れ離れになった飛葉は近藤投降後の土方、ヘボピーが損な役回りの大臣護衛の責任者に選ばれたのに「晴れの舞台が踏める」などと自慢げに語っているのは甲陽鎮撫隊の近藤と完全にダブるし、潜水艦基地の破壊作戦が圧倒的な戦力差によって総崩れになる様も甲陽鎮撫隊そのものだ。<br />
敵戦闘艦へバイクで飛び移っての攻撃は「宮古湾海戦」の接舷攻撃をイメージさせるし、草波が「ワイルドからの脱退自由」を宣言するのは、江戸帰還後「局を脱するを許さず」を含む局中法度が消滅したとされることをイメージさせる。<br />
反秘熊派が挑発に乗って「開戦」してしまい「賊軍（反乱軍）」とされてしまう点、東北、特に北海道の師団は秘熊に屈せず、北海道と本土に国内を二分した内戦に発展する可能性が示唆される点、主に反乱軍勢力下にある海上自衛隊が海上に脱出、兵力を温存する点等々、主人公側が旧幕府軍とダブるシーンが続出し、新選組ファンとしては興奮を抑え切れない。</p>
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<div align="center" style="margin-top:20px;"><a href="http://wild7.jp/wp-content/uploads/2009/01/img005.jpg"><img src="http://wild7.jp/wp-content/uploads/2009/01/img005.jpg" alt="" title="img005" class="aligncenter size-full wp-image-1990" width="602" height="499" /></a></div>
虎口を脱した飛葉が自衛隊反乱部隊を指揮しながら東北を転戦し、北海道で秘熊と対峙する。<br />
同時に、秘熊一味の悪事を暴き、国民に非を説く個人の戦いも展開される&#8230;そんな妄想の「燃え展開」が私の脳内から離れない。<br />
草波から自立した飛葉は、大隊規模の部隊運用も可能な指揮官としての才能を発揮すると思えてならない。<br />
そう、土方のように。<br />
　　　　<br />
先生の作品ほど読者の想像力を掻き立てるものはないと思うが、これはキャラクターの個性、作品の世界観が完全に確立しているため「ヤツならこう動くはずだ」という想像がしやすいからだろう。<br />
　　　　<br />
本エピソードでは、メンバー個人の内面へも焦点が当てられており、これも見逃すことは出来ない。<br />
　　　　<br />
予言の殉職者第１号となってしまった八百。世界の死後メンバー最年長と思われるサブリーダー格だが、そんな彼に恐らく初めて結婚を意識する女性が現れる。<br />
メンバーも年齢を重ねて、八百のように「家庭」を意識するものも出て来た。それは弱みを持つことでもあるし、脱退に結びつくことでもある。家庭を意識し始めたところでの死。本当に悲劇的で象徴的なエピソードであり、ワイルドも永遠ではないということを暗示しているように思える。 <br />
　　　　<br />
そして、これまであまり語られていない飛葉の内面についても描写がある。<br />
「俺はてめえが生きていくことで精一杯なのさ」とは、尾行屋と蕎麦屋で会っていた時の言葉だ。<br />
飛葉の自室や暮らしぶりも披露される。解体寸前の雑居ビルの２階。飛葉の部屋で帰りを待っていたのは３人組の暗殺者だ。その世界では一流とされる者たちに反撃機会を全く与えずに片付けた後、「こんなことは慣れっこさ」といびきをかいて寝込んでしまう飛葉。部屋の様子や暮らしぶりから、その人物の内面を想起させるという表現手法があるが、このシーンは飛葉の内面を表現したものとして興味深い。表の顔は不屈のタフガイだが、その内面はまったく空虚のようだ。恐るべき潜在力を持っている飛葉だが、以前は白井記者、現在は草波に「生き甲斐」「生きる目的」を与えられているのか。自分自身で道を切り拓くことは出来ないのだろうか？<br />
　　　　<br />
<p style="margin-top:0px;"><a href="http://wild7.jp/wp-content/uploads/2009/01/img006.jpg"><img src="http://wild7.jp/wp-content/uploads/2009/01/img006.jpg" alt="" title="img006" class="alignleft size-medium wp-image-1991" width="225" height="337" /></a>大臣護衛任務の成功後、警視総監と草波の会食に呼ばれたシーンでの草波とのやりとりも興味深い。<br />
「右に行くか左にいくかは自分で決める」と鳥カゴを引きちぎりながら語り、鳥を逃がしてしまう飛葉。<br />
「草波の元から飛び立つこともあり得る」という意思表示にも見える。<br />
その後の草波の事務所のシーンで草波は机の中にカゴに入れたリスを飼っているが、これは飛葉を閉じこめておきたいという意識の現れなのだろうか。<br />
　　　　<br />
草波の裏切りを実証しようと、庇護した恐喝屋から紹介された尾行屋を使う飛葉だが、失敗した若い尾行屋を信頼し励ましている。<br />
行きつけらしいおでん屋では尾行屋についての情報交換をしている。草波が持っているのと同等な情報組織を飛葉が構築しようとしているように思える。自ら情報収集し自らが判断を下す「飛葉機関」とも言うべき組織を作ろうと言うのか。<br />
これは後年の「ロゼ・サンク」の世界観にも結びつく興味深い展開だ。</p>
　　　　<br />
本エピソードのクライマックスのひとつは、飛葉の「茫然自失」シーンだろう。<br />
「罠」が明らかになり草波の裏切りを確信した飛葉は完全に気力を喪失してしまう。<br />
「どんな事があっても最後まであきらめるな」と常に味方を鼓舞してきたリーダー飛葉が、初めて見せた「弱さ」。<br />
これにはワイルドのメンバーだけでなく、我々読者も呆気にとられてしまった。<br />
草波を完全に信頼し切っていたのは恐らく飛葉だけだろう。<br />
　　　　<br />
思えば、ワイルドは飛葉と草波、両者の絶対的な信頼関係があってこその組織だった。<br />
法的には「少年」である飛葉には死刑や無期懲役のような重罰は適用されない。メンバーで最も罪の軽い飛葉に対して、草波は「元の監房に叩き返す」といった恫喝を行うことは一度もなく、「アキレスのかかと」という体罰をちらつかせたり、ひたすら頼むなどして命令をきかせている。他のメンバーとは異なり、飛葉と草波は「同志」の関係だったのだ。<br />
「茫然自失」シーンはそのことを強烈に伝えていると思う。<br />
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精神的に立ち直った飛葉は、虎口を脱し、戦いを継続するのか。自らの判断で反乱部隊を組織、指揮していくのか。<br />
「獅子身中の虫」となった草波は、どのようなタイミングで本性を現し、秘熊を追い詰めるのか。<br />
多様なドラマの可能性を孕みながら、物語は終わった。いや、私を含め、読者の中でこの物語は終わっていないと思う。<br />
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<p align="center"><span align="center"><a href="http://wild7.jp/wp-content/uploads/2009/01/img008.jpg"><img src="http://wild7.jp/wp-content/uploads/2009/01/img008.jpg" alt="" title="img008" class="alignleft size-medium wp-image-1992" width="235" height="408" /></a><a href="http://wild7.jp/wp-content/uploads/2009/01/img007.jpg"><img src="http://wild7.jp/wp-content/uploads/2009/01/img007.jpg" alt="" title="img007" class="alignleft size-medium wp-image-1993" width="234" height="383" /></a></span></p>
<p style="margin-top:120px;">　</p><p style="margin-top:120px;">　</p><p style="margin-top:120px;">　</p><p style="margin-top:120px;">　</p></div>
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