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『エンターテーメントであっても心に残るエンターテーメントがこれまでも確実にあったし、ワイルド7の原作漫画もその一部でした。
その外堀として新しい文章を書きましたので、ここに貼って置物としておきます。』
11日金曜日の昼過ぎに起こった地震から
12日土曜日
13日日曜日の現在まで報道が、積み重ねられ
原子力発電の危機にまでたどり着いている。
だが、それは、日本が誇る世界の巨匠、黒澤明が、『夢』の中でも描いていた。
そして、地震大国と呼ばれていた日本、『日本沈没』の中でも描き出されてきて
誰もが知っていた事を目の当たりにしている歯がゆさを誰もが感じているのかも知れない。
なすすべはない、何もできない無力な自分を想い非力を恥じているかも知れない。
また、娯楽として、パニック映画「感染列島」などなどカタストロフィーを楽しんできた永井豪の漫画「魔王ダンテ」「デビルマン」のソドムとゴモラへと日本そのものの驕りが行き着くところまで来てしまっているのかも知れない。
死は、誰にでも訪れるものだ。
だが、その死までの瞬間瞬間を努力しただろうか?
ヒューマニストとして、人道に劣らなかったのか?
龍馬の様に、前のめりで生き続けただろうか?
それが、重要なのだろうと思う。
だが、人は、龍馬の様に、全ての人が、強いわけではない。
人間の社会は、弱者の共同体であり、強いものは、弱きものを庇護するのが、
人道であり、人徳であるだろうと考える。
人間は、動物でもあるが、社会的動物であると言われる所以(ゆえん)もこのことによるものだろう。
強いものだけが生き残ればよいと言う社会は、常に戦国であり、地獄にしかならない事も知っている。
理想がない生き方は、地獄だ。
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