| |
カムイ伝は、自然と人間との闘いをテーマにしている。
震災と社会的不合理、人災について見極める原点を問い求めている作品だから、生涯に渡って頭をその都度、その都度、よぎらされる。
そもそも原点性とは何か?
それにも答えなくてはならないものがある。
しかし、政治家や技術者は、そんな哲学をしている暇はないだろう。
時間との闘い、<今、そこにある危機>の表現としての緊迫性とアクション=実践部分、時代性ではなく現代性としてワイルド7は、何を語っていて魅了し続けていたのかをテストケースとして、鍛えていきたいと言う説明にも変えられるだろうか。
良質で、具体的作品体験として白土作品、望月三起也作品に問いを設定して、わかりやすく展開していきたいと言うのが主旨となっているわけなのだ。
しかし、上記だけで、全てが、満たされているのだろうか?
飛葉は、一日、36時間、緊張状態を保ち続けているのだろうか?
そうしなくてはならないのだろうか?
時には、必要であったとしても、それが、人生の全てではない。
笑いと余裕、余暇、休息、眠りも戦士としても必要な一部と当然なっている。
スタンリー・キューブリック監督の映画『シャイニング』
「仕事ばかりで、遊ばない奴は、きっと気が狂う」とあるが、そのままの意味だろう。
一人で、全てを背負い込むことは出来ない。
良心を持つ人々の共同作業としてあるのであり、あるべきなのではないかと思う。
テキストであるカムイ伝もワイルド7も広く再販され続けているのだから。
具体的で、狭い上記の研究のほかにも
1.漫画の変遷史と成長について。
<手塚、白土を忘れつつあるコミケ時代の大量消費時代の漫画とは何であるのか?>にも言及したい。
また、
2.漫画と文学の関係論へも言及したい欲求を抑えることが出来ない。
広く浅くも良いのだが、それでは納得出来ない人で、共同体を作り、そして、対話を重ねていくと良いのではないかと思う。
これこそが、望むべき学習であり、教育=対話であり、理想の学校と社会の姿ではないかと思う。
3.カムイ伝やワイルド7以上に、優れた作品があったとしたならその高説にも出会いたい。
まずは、具体的にカムイ伝やワイルド7を指し示してみたに過ぎない。
まずは、主題別、白土三平総合研究所を、ホームページには、至らなかったが、作成してみた。
次には、ハードボイルド・望月三起也総合研究所に手を伸ばしたいと思っている。
協力者次第となるだろうし、志半ばであるのは、坂本龍馬同様、あるだろう。
(私のホームページの部分、クリックしてみてください)
|
|