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人生、読める量も描ける量も限られている。
どこだかの作家がそう言っていた。
短い人間の一生である。
博物学者になりたいとは思わない。
ただ一点をマニア的にでも極めたいと思うのだが、それは、逆に、厳しいことでもあるのだろうか?
まんがの歴史を極める共同体の場が必要だ。
それは、どのように今日、築かれているのだろうか?
全漫画を読むのは、不可能だ。
好きな漫画、良い漫画のみを読むしかない。
では、好きな漫画、良い漫画とは、とりあえず私にとって何であるのか?
それが、白土三平であり、望月三起也だったり、具体的にはしているのだけれども、そのものを、土台として、良い人生哲学的作品、社会派の作品、活劇、アクション=時間との闘いの場、エンターテーメントとしてのわかりやすさ=池上彰解説性とは何かなどなどの主題が、隠されて結晶されているのではないかと思う。
多くの文学、歴史書、ドラマの中で無作為的であったとしても、未消化であり、言及しきれないもの、自己満足にさえ到達出来ていないものを、かなりのものを感じている事実、自認があり、
あまりの時間のなさ、無情なる人生時間に不足と不満を感じている次第なのだ。
あるいは、今は、漫画などに関わっている時ではない。東北大震災、原子力事象=事故、エネルギー問題などを見よと言う人もいるだろう。
しかし、と言うべきか、だからこそと言うべきか。
同じ短い一生の中で、精一杯それが、何であったのかの了解のためにも必要となっているような気がしてならない。
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