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だが、弱きものには、今だ、カリスマ性や父性を必要とする向きもある。
それを否定するものではない。
社会は、共同体としての社会は、弱きものを庇護する理想もあると上記で述べているのだから。
自分が、龍馬になれないなら龍馬を求め、支持し、作っていく民主主義的努力と理想は、見失うべきではないのではないだろうか?
ベトナムの人民を見殺しにし、そして、中東の人民の苦悩にも目を覆い、
そして、沖縄の苦しみにも耳を塞いで来た日本人が、ただ、可愛そう、残念だと言うだけの災害に対しては、言葉だけでは、同情をする。
だが、それは、タイガーマスク伊達直人少年も嫌う薄汚い大人の偽善だった。
それも、既に、少年漫画の中でさえ告発され続けているのではなかっただろうか?
明日の生活も知れずに生きる日本人も沢山これまでは、いた。
成金主義者の様に、寄付をするのが、良いとは思ってはいない。
それ以上に、こうなる予見の中で、最善を語り、実践する為政者、そして、文化人を育ててこられなかったこの日本の「良心」の不在が、今、問われているのではないだろうか?
文化人と為政者の連携を、プラトンもアリストテレスも理想としたのだが、
政治家は、職業政治家になりさがり、官僚もかつての王朝中国の官僚の様に腐敗しつづけて弱きものを助ける共同体としての社会性の理想を喪失した原因は、
評論家と学者を二で割ったような拝金主義をはびこらせ、増徴してきた資本主義の
末期的段階としての終末性によるのではないか?
もう一度、最初の論に戻ろう
地上波もBSも同じ報道番組に「大本営放送」に終始しているだけで、
精神的しえを必要としている時に、文化人として、出てきてコメント出来るものが、皆無であり、この日本国は、職業評論家と拝金講演料を求める学者しか育てられずに来たことだ。
これこそが、今回、暴露された資本主義の末期症状、
理想なき社会の顛末なのではないだろうか。
ぼろくずのように虐殺されてきたベトナム、パレスチナ、中東アフリカ民衆、その死を黙認、知らぬふりをしてきた本当の意味での努力も勤勉も怠ってきた日本の姿なのではないだろうか?
なんの為に生きてきたのか?
犬死に等しい生き方、ぼろくずの様に虐殺されてゆくだけににしかならないかは、
その後のアフターケアにもよるのだ。
だが、今の報道もツィッターもインターネットもmixiも
死者に鞭打つもの、それでなくともタイガーマスク伊達直人少年が、嫌った薄汚い偽善者大人たちでしかないと内的苦悩は、ないのだろうか?
少年を私刑死刑するだけが、この資本主義社会の良心だと言うのだろうか?
垂れ流し報道を今すぐやめさせよ
真の文化人を育てよ。
精神的しえを語るケアを政治家も文化人も育てることを考えよ。
トルストィ、ドストエフスキーの内的苦悩だけが、過去のものとなってしまったが、全人類の光であり、問い続けなくてはならないものだと私は、思わずには、いられないのだ。
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