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作品紹介

第7回

ワイルド7「魔像の十字路」

執筆者:   2009 年 2 月 2 日

ご自分のブログでも、積極的にワイルド7論を展開しているぐりゅーん・へるつさんが、「魔像の十字路」と「新選組」の関連性を独自の視点で考察します。


   
ワイルド7「魔像の十字路」週刊少年キング

 1977年49号(11/29)〜79年29号(7/16)

    
    
グループヒーロー、ポリスアクションものの元祖であり、日本少年漫画史上に残る偉大な傑作の最終章である。
    
     
冒頭に不気味な妖婆が登場し、飛葉の死、そしてワイルドの消滅を予言。いかにも最終話らしい緊張感、危機感に満ちた「掴み」「煽り」に当時の読者たちは戦慄した。私のような「単行本派」の読者も、さすがに毎週キングを購入するようになったはずだ。
    
     
ストーリー及びテーマも最終話に相応しい重厚なものだ。今回の敵は、日本を乗っ取り独裁者として君臨しようとする秘熊防衛大臣とその一味。「ワイルド最後の敵」として、まさしく相応しい相手である。この「敵」は自衛隊を操りクーデターを画策する反乱軍のリーダー・・・いや、そんな小さな存在ではない。陸上自衛隊の戦力を権力基盤にしているが、彼(秘熊)を支える巨大な組織は、既に日本の政財界に根を下ろしているのだ。組織の宣伝、情報部門はテレビ局や広告代理店の幹部が担い、潜水艦秘密基地の建造には自治体幹部、ゼネコンが関与している、といった風に。
    
 ストーリーは秘熊が防衛大臣に就任したところから始まる。秘熊は防衛大臣として表舞台に立つと同時に自衛隊の人事権を握り、反対派の弾圧を開始。また「浅間地震」や自ら演出したテロによって危機管理の不備を国民に問い、私兵「SS自衛隊」に警察権を与えようとする。恐らく首相就任と同時にナチスと同様の「全権委任法」を国会で成立させ、名実ともに日本の独裁者になろうというのだろう。ポイントは、これら秘熊一味の策謀が、国民の歓呼の声の中で合法的に進められているということだ。ワイルドは、反秘熊派の議員や自衛隊幹部らとともに、この最も困難な敵(状況)に立ち向かうことになる。
    
「主人公たち警察機関 vs 軍隊」という構図は、ポリスアクションもののクライマックスとしては良く用いられるが、敵はクーデターを起こした「反乱部隊」だ。しかし「魔像の十字路」においては、主人公側がクーデターを画策した「反乱部隊」にされてしまう。敵組織は合法的に権力を掌中に収めて「官軍」となり、主人公側が「賊軍」となってしまったのだ。勝負はすでに決したのか?
    
最終回において、敵に寝返ったかに思われた草波が「獅子身中の虫」となるべく敵組織に潜入していたことが明かされる。「最後のワイルド」となった草波が秘熊と差し違えるのか。個人テロで形勢を逆転し、クーデターを成功させるのか。
    


物語においては別の道も示されている。
階級はヒラだが悪には屈しない本牧署の本山刑事。
そして官邸で記者たちに向かって秘熊の悪事をぶち上げる白井記者の上司といった心ある個人が、それぞれの立場で抵抗を試みている。
秘熊はまだ首相に就任しておらず、法的に完全な独裁者になり得ていない。
ワイルドと自衛隊特殊部隊の活躍で潜水艦秘密基地の存在は暴露され、通常の方法で悪を叩けるチャンスがまだあるという、まさに「十字路」でストーリーは終わっている。
    
大勢になびく者も多いが、秘熊一味の野望を、クーデターによらず合法的に打ち砕くことはまだ可能なのだ。
    
この状況でどういう「選択」をするのか、どういう「行動」をすべきなのかを我々読者に投げ掛ける形で終わっている。何ともリアルで重い問い掛けではないか。

    


お気付きのように、飛葉たちが置かれている状況は戊辰戦争開戦後の新選組に似ている。
    
「浪士には浪士をぶつける」というコンセプトのもとに誕生した特殊警察組織、新選組。
幕府のために戦ってきた彼らだが、幕府という国家権力が瓦解した後は賊軍の象徴とされてしまう。
後ろ盾が消滅しても「義」のために戦い続ける新選組、特に土方の戦いと飛葉の置かれた状況が重なり、想像力を刺激する。
    
物語中に新選組のドラマのロケシーンが登場するのだが、和装の土方が新政府軍と戦闘しているところを見ると鳥羽・伏見の戦いのようだ。
その後の展開を暗示するシーンとして非常に印象深い。

    


草波の寝返りで隊長と離れ離れになった飛葉は近藤投降後の土方、ヘボピーが損な役回りの大臣護衛の責任者に選ばれたのに「晴れの舞台が踏める」などと自慢げに語っているのは甲陽鎮撫隊の近藤と完全にダブるし、潜水艦基地の破壊作戦が圧倒的な戦力差によって総崩れになる様も甲陽鎮撫隊そのものだ。
敵戦闘艦へバイクで飛び移っての攻撃は「宮古湾海戦」の接舷攻撃をイメージさせるし、草波が「ワイルドからの脱退自由」を宣言するのは、江戸帰還後「局を脱するを許さず」を含む局中法度が消滅したとされることをイメージさせる。
反秘熊派が挑発に乗って「開戦」してしまい「賊軍(反乱軍)」とされてしまう点、東北、特に北海道の師団は秘熊に屈せず、北海道と本土に国内を二分した内戦に発展する可能性が示唆される点、主に反乱軍勢力下にある海上自衛隊が海上に脱出、兵力を温存する点等々、主人公側が旧幕府軍とダブるシーンが続出し、新選組ファンとしては興奮を抑え切れない。

    
虎口を脱した飛葉が自衛隊反乱部隊を指揮しながら東北を転戦し、北海道で秘熊と対峙する。
同時に、秘熊一味の悪事を暴き、国民に非を説く個人の戦いも展開される…そんな妄想の「燃え展開」が私の脳内から離れない。
草波から自立した飛葉は、大隊規模の部隊運用も可能な指揮官としての才能を発揮すると思えてならない。
そう、土方のように。
    
先生の作品ほど読者の想像力を掻き立てるものはないと思うが、これはキャラクターの個性、作品の世界観が完全に確立しているため「ヤツならこう動くはずだ」という想像がしやすいからだろう。
    
本エピソードでは、メンバー個人の内面へも焦点が当てられており、これも見逃すことは出来ない。
    
予言の殉職者第1号となってしまった八百。世界の死後メンバー最年長と思われるサブリーダー格だが、そんな彼に恐らく初めて結婚を意識する女性が現れる。
メンバーも年齢を重ねて、八百のように「家庭」を意識するものも出て来た。それは弱みを持つことでもあるし、脱退に結びつくことでもある。家庭を意識し始めたところでの死。本当に悲劇的で象徴的なエピソードであり、ワイルドも永遠ではないということを暗示しているように思える。
    
そして、これまであまり語られていない飛葉の内面についても描写がある。
「俺はてめえが生きていくことで精一杯なのさ」とは、尾行屋と蕎麦屋で会っていた時の言葉だ。
飛葉の自室や暮らしぶりも披露される。解体寸前の雑居ビルの2階。飛葉の部屋で帰りを待っていたのは3人組の暗殺者だ。その世界では一流とされる者たちに反撃機会を全く与えずに片付けた後、「こんなことは慣れっこさ」といびきをかいて寝込んでしまう飛葉。部屋の様子や暮らしぶりから、その人物の内面を想起させるという表現手法があるが、このシーンは飛葉の内面を表現したものとして興味深い。表の顔は不屈のタフガイだが、その内面はまったく空虚のようだ。恐るべき潜在力を持っている飛葉だが、以前は白井記者、現在は草波に「生き甲斐」「生きる目的」を与えられているのか。自分自身で道を切り拓くことは出来ないのだろうか?
    

大臣護衛任務の成功後、警視総監と草波の会食に呼ばれたシーンでの草波とのやりとりも興味深い。
「右に行くか左にいくかは自分で決める」と鳥カゴを引きちぎりながら語り、鳥を逃がしてしまう飛葉。
「草波の元から飛び立つこともあり得る」という意思表示にも見える。
その後の草波の事務所のシーンで草波は机の中にカゴに入れたリスを飼っているが、これは飛葉を閉じこめておきたいという意識の現れなのだろうか。
    
草波の裏切りを実証しようと、庇護した恐喝屋から紹介された尾行屋を使う飛葉だが、失敗した若い尾行屋を信頼し励ましている。
行きつけらしいおでん屋では尾行屋についての情報交換をしている。草波が持っているのと同等な情報組織を飛葉が構築しようとしているように思える。自ら情報収集し自らが判断を下す「飛葉機関」とも言うべき組織を作ろうと言うのか。
これは後年の「ロゼ・サンク」の世界観にも結びつく興味深い展開だ。

    
本エピソードのクライマックスのひとつは、飛葉の「茫然自失」シーンだろう。
「罠」が明らかになり草波の裏切りを確信した飛葉は完全に気力を喪失してしまう。
「どんな事があっても最後まであきらめるな」と常に味方を鼓舞してきたリーダー飛葉が、初めて見せた「弱さ」。
これにはワイルドのメンバーだけでなく、我々読者も呆気にとられてしまった。
草波を完全に信頼し切っていたのは恐らく飛葉だけだろう。
    
思えば、ワイルドは飛葉と草波、両者の絶対的な信頼関係があってこその組織だった。
法的には「少年」である飛葉には死刑や無期懲役のような重罰は適用されない。メンバーで最も罪の軽い飛葉に対して、草波は「元の監房に叩き返す」といった恫喝を行うことは一度もなく、「アキレスのかかと」という体罰をちらつかせたり、ひたすら頼むなどして命令をきかせている。他のメンバーとは異なり、飛葉と草波は「同志」の関係だったのだ。
「茫然自失」シーンはそのことを強烈に伝えていると思う。
    
精神的に立ち直った飛葉は、虎口を脱し、戦いを継続するのか。自らの判断で反乱部隊を組織、指揮していくのか。
「獅子身中の虫」となった草波は、どのようなタイミングで本性を現し、秘熊を追い詰めるのか。
多様なドラマの可能性を孕みながら、物語は終わった。いや、私を含め、読者の中でこの物語は終わっていないと思う。
    

 

 

 

 



望月先生のコメント
【望月三起也先生より】
先日、集英社のパーティで、ジョジョの荒木さんに声をかけられました。
いい絵、かきますよね。私の好みのタッチ。デビューの頃の私、こういうのを狙ってたんですが、
その当時、アメリカナイズすぎてウケないと編集さんに云われ、日本風に替えた覚えがあり、
今それが出来ることが実にうらやましい。
いい世の中です。
その荒木さんがワイルド7のファンで、なんといってもタイトルが抜群と、次々と各編のタイトルを
ペラペラとあげていくじゃないですか。驚いたね、記憶力。
それほど凝ってつけたタイトルじゃないのですが、評価してくれるのはうれしい。
  
で、今回、魔像の十字路。
いわれて見れば、ちょっといいかもね。
この一編も、もっと短い話のはずが、予定を大幅にオーバーして、長編になってしまいました。
テーマの「男の死に様」が一番多く出てくる一編なので、そのアイデアが面白く出来ると、つい見世物が増えてしまうわけで。
それでも、いくつかのエピソード切り捨てて、この長さ。ほっときゃ、また一年かもね。
なにしろ、ワイルド7がスタートした時は二年間の約束。
二年あれば七人の死に様が描ききれると計算したんですが、人気が出るにつれ、
読者から「殺すなファンレター」が増え、とうとう十年ですから。
 
新選組へワイルド7を結びつける深読み、地中深く、千mは掘ったね。
そこまで読んでくれる熱心さ、うれしいね。
ワイルドの原作が新選組ってことではなく、男の生きざまが時代を越えてダブってしまうんでしょうねえ。
時代に取り残された古い生き方しか出来ない男達、その部分に魅力を感じてるから、描くものが似るんでしょうか。
それにしても、宮古湾の海戦まで持ち出されるとは思わなかった。描いてる時は、なんの意識もなかったのにねえ。本当に私って新選組が好きなんだとバレたってことか。
  
そもそも、権力にモノ云わせ、バッヂで態度でかいって輩が好きじゃない。
現実にはそういう人間が多い。
運悪く、そんなのを相手にして、こっちの道理が通らないことってありますよね。
口惜しいよね。皆さんも、そうした思い、一度や二度はあるかと思います。
そういうバッヂにモノを云わせ、己の小さいのに気が付かないのは、人間としてあわれですがね。
笑って済ますことが出来ないのが、私。人間として「小せえ」といわれたらその通り。
現実に出来なきゃ別の世界でウサ晴らし、つまり、主人公が私のかわりに立ち向かって一歩も引かず、スッキリさせてくれるのですよ。
  
ストーリーを考える前に、飛葉か草波が勝手に行動してしまうんですねえ。
私、不器用人間ですから、同じ類の人間しか描けないんだと思います。
嫌いな奴とは口も利きたくないし。年が上というだけで、エラそうな口を利くなんてタイプ、特に嫌い。
年下でも、人間の出来の良い人、一芸に秀でてる人、好きですねえ。
そういう人達とタマに食事会なんてやるのは、人生の栄養になるね。
人から、すぐムキになるって、たしなめられます。本人も反省してるんですが、性格です。
年をとったら丸くなるといわれますが、あいかわらずカドの目立つ人間、好きな事は人の分まで引き受けてもやります。嫌いな事は、あさっての方を向いて、一歩も動かない。
そこへいくと、主人公は私の理想でもあります。好き嫌いで動くのではなく、信念が行動の原点ですから。そういう部分、土方新選組に通じるんでしょうねえ。
  
そういわれてみれば、絵のタッチの熱の入れ方、僕の新選組のキモノの柄の凝り方見れば
わかるよなァ。 新選組オタクなんですねえ、私。

悔しい、ついに見抜くヒトが出てきたか!!

  

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