月刊望月三起也タイトル画像
作品紹介

第13回

ごくろう3

執筆者:   2009 年 8 月 3 日

先生の作品で忘れてはいけないジャンルのひとつ『コメディ』。
今回は、笑いとエロスの融合とも言うべき、望月流スラップスティック・コメディの傑作「ごくろう3」の登場です。

望月先生ほどウィットに富み、小粋なシチュエーションを紡ぎだす漫画家を私はかつて知らなかった。
べたべたの(失敬 笑)ギャグではなく、スマートなコメディとしての作風は、突出していると言ってもいいと思う。
それはハードな戦記ものや、バイオレンスの嵐吹き荒れる作品の中にも少なからず挿入されることもあり、ファンの方々は目にしていることと思う。
     
 『ごくろう3』‥‥‥ これは1973年から1976年にかけ小学館の青年誌『ビッグコミック(本誌)』に於いて連載、賞賛を浴びたコメディ。
     
時は1943年、国文学の助教授「吾典」と新妻の「久美」、ドイツ伯爵夫人として嫁ぎドイツ在住の久美の実母「ローリー」の元、結婚式を挙げついでに新婚旅行をヨーロッパ一周にと思い描いた吾典と久美だったが、式後一緒に帰国したいと母ローリーが手配した飛行機がこともあろうに第二次大戦の戦火燃ゆ北アフリカ着。なんとかアフリカ脱出、帰国の途につきたい3人の珍道中が始まる。
最初の頃こそドイツ軍からは伯爵夫人に友好国民として扱われる3人だが、いつのまにやら逆賊スパイ扱い。連合軍からは捕虜扱い‥‥‥
砂漠の陸路に海路に空路、3人の行くところ現れるところ、悲劇と喜劇がつきまとう‥‥‥

     
(ストーリーなんて紹介すること事態がナンセンスかも 笑)
     
ビッグコミック本誌では、これ以前には「ビタミンI」「うるとらShe」など傑作コメディがあり、もっとそれ以前からも読み切りでコメディ(単行本未収録)を発表し続けている。
またこれ以後も「へい!お町」(未単行本)など、やはり傑作長編コメディがあるのだが、この『ごくろう3』だけはそれ以前それ以後とはコメディとして少々異にしている。それは舞台が第二次世界大戦下の北アフリカに設定されていることにほかならない。
     
この戦火の大戦下という舞台設定がそれ以前以後とは一味違う、スラップスティック・コメディ(ドタバタ喜劇)としての要素を強くし、ウェットな人情噺が盛り込まれた以前以後とは違った乾いた笑いを作りだしている。
     
師は言わずと知れた生粋のアクション漫画家である。その師が得意の戦記物の中に、ドタバタなナンセンスコメディを盛り込むのだから、おもしろくなかろうはずがない。
毎エピソード、抱腹絶倒である。毎エピソード、軍事マニア・GUNマニアを楽しませてくれるのである。そして“おまけ”としてお色気満載である。いや、おまけではない。むしろそれを目的として楽しまれていた愛読者も多くいたのだ。
古今東西、エロスと笑いは切り離せないもの。シェークスピアの残した戯曲にも多くそれは散見でき、露骨な暴力とエロスと同時にあっけらかんとした笑いを入れていたりする。散々に騙し騙されながらも全てを笑いに変えて大団円なんて手法、まさにこれ。わが国でも古くは古事記の「天の岩屋戸(あまのいわやと)」の逸話、天宇受売命(あめのうずめのみこと)のエピソードなどまさにこの手の笑いを想起させてくれるし、オルフェウス神話(ギリシャ神話)との共通点も見え隠れしたりする。
ハリウッド映画でもその歴史の中、一度たりともお色気コメディをオフリミットした時代はない。いつの時代も誰かが製作し我々ファンを楽しませてくれている。有名どころでは「マリリン・モンロー」など、それらで名が売れたと言っても過言ではない。
    
しかし、こと日本の漫画界では大人のアイテムとしてお色気コメディを発表、定着させたのは望月先生とモンキーパンチ氏が双璧ではないだろうか。そしてよりリアルなアクションまで加味した傑作が「ごくろう3」なのだ。
     

     
師の総ての作品に共通するのだが、師の描く女性のなんと艶かしいことだろうか。
もちろん師の画力が優れているからに他ならないのだが、まずそのポージングにグッとくる。次に出るところは出、ひっこむところはひっこむ‥‥‥ その大胆なデフォルメがデフォルメに見えない画力。いやこれは一重に私の底辺に存在するスケベが、そういった女性を求めているからなのか(きっとそうだ、とか言わないように。笑)。
またそれに伴う背景、バック処理の巧妙さだ。お読みになられた方々はお気づきになっているだろうか? 女性の身体には極力余分なタッチは描き込まない、そのバックには墨ベタなど多用する。こうすることで女性の白い肌はコントラストが強まりより白く引き立つ。
うう~ん、艶かしい‥‥‥ (笑)
     
あれ? テーマが違ってきてる? こりゃまた失敬。
     
何はともあれ、先生のコメディとお色気は切っても切れないのだから仕方ない。登場する女性の溢れんばかりのボリュームと匂い立つお色気は作品の中核ですらあり、私などはお笑いを忘れてしまうほどなのだから本末転倒である。
     
さてさて本筋のお笑いだが、先生のコメディというやつは、物語の骨格、作画のリアリティと外殻がしっかりと構築されていることによって、より笑いの濃度が上がる。キャラクターたちの周辺が現実的でリアルな世界であるほど、そのコントラストは大きくなり、連発されるナンセンスはその破壊力を増しているのだ。
     
望月コメディの代表作であろう「ビタミンI」などは、前述したように舞台が日本国内の下町であったこともあり、ペーソスも含まれ適度な湿度感も存在したが、この「ごくろう3」にはその手の湿り気は感じられない。徹底しておバカである。もっと言ってしまえばツッコミ役が存在しない。辛うじてツッコミ役を仰せつかっているような立場の吾典にしても、実はオオボケこいたりするのだから、この世界観は強烈である。
そう、回し役は作者である望月先生であり、ツッコミ役は読んでいる私たちなのだ。だからして作中に入るな、と言われてもそれは無理。大笑いしながら「なんでやねん!!」とツッコミを入れてしまったら、それはもう作中にしっかり読者自身が挿入されてしまっている訳だ。
うう~ん、恐るべし、望月三起也先生‥‥‥ である。
     

     
とにかく、この「笑い」に関しては私の拙い文章力でお伝えすることは不可能。申し訳ないがファンの方々が自らお手に取ってお読みいただくしかない。
笑いに飢えたあなた、新たな笑いを欲しているあなた、お薦めです。
ただし公衆の中での読書、つまり電車内などでは遠慮されることを助言しておく。どう贔屓目にみても奇人変人の類と同視されかねないからだ。1度2度と重ねて畳み掛けてくるネタに、間違いなくその笑いを堪えることは無理。左の頬だけでひっそりと笑っていられる間はいいが、その一線を越える3度目のオチがやって来たときには‥‥‥ 一人で笑っている不気味な輩が出現してしまう、危険である。
     
笑いの追及は本編のみに在らず、毎回付けられるサブタイトルにも及んでいた。単行本では全2巻19話で構成されているが、実はこれ、かなりタイトル部が割愛されている。毎回凝った駄洒落で作られたサブタイトルにも大いに笑わされたのだが、2~3回分を概ね1話となし、この駄洒落タイトル部分は完全収録されておらず、ファンにとっては残念。
     
ところでこの「ごくろう3」、実はTVアニメ化の企画が上がっていた。企画も企画、超初期段階に於いて残念ながらボツとなり、日の目を見ることはなかったが、CX(フジTV)にて深夜11時台に放送しよう‥‥‥ などと思い描いたTVマンがいた事は事実で、もしも実現していたらその放送時間帯のこともあり、しっかりお色気シーンもあったンだろうなァ、などとスケベ心が覚醒される私なのだ。残念。
     
もう一つおまけを書くと、
とある漫画賞選考会に於いて、その選考委員のお一人だった作家「北 杜夫」氏が強くこの「ごくろう3」を推挙したとお聞きしている。最後まで北氏はその意思を譲ることなく主張されたらしいが、残念かなその受賞はならなかった‥‥‥ これも私としては残念である。
     


望月先生のコメント
【望月三起也先生より】
いや、なんとも紙の裏まで読み通すという感じで熱心に楽しんでもらえて嬉しい限りです。彼のようなファンが支えてくれて、今日の私があるんですねぇ。
それにしても、作者は楽しませようと頭を捻り、それが紙の上に現され、ストレートに伝わったときが一番嬉しいのですよ。せっかくのアイデアが考え過ぎで空振りするお笑い芸人のようになりたくないですから。その上TV化の企画が私の知らない間に進行していたとか、北杜夫氏が買ってくれていたとか初耳。ファンの情報集めるパワーに感心しています。

この『ごくろう3』の話に入る前に、こんなギャグシリーズをどうして描くようになったかをお話ししましょう。
実はビッグコミックから連載の話がきた時、「やったァ、ゴルゴの向こうを張って活劇の面白さ、存分読者に味わってもらえる」しかも当時は少年誌中心でやってましたから、お色気もほどほど、鉄の下駄履いて駆けてるようなもどかしさ、これが青年誌なら裸足でトップスピードで走れると、うれしかったのですよ。
ところが、編集記者さんの要求が私の思いと違うんですねぇ。なんと、まず活劇は無用、舞台は団地、親子の人情物。ってのが条件。
 
なに? 驚いたね、これほど考えていることが右と左とは。「出来るわけないでしょ!!」と答えましたよ。だってこれまでやったことも、考えたことすらない内容ですよ。ところが編集さん、言い切るんです。
「あなたの中に、そういうモノ描ける部分あるのです。当人が気付いてないだけ」と。
って、自信まったく無いのに絶対できると言い切る強引な編集者、初めて出くわしました。結局勢いに押されて引き受けましたが、さぁ、それからが大変。大活劇が得意なのに、舞台は団地ですよ、主人公はGunの名手ではなく子持ちの主婦ですよ。どうやったら読者を喜ばせられるの? とりあえずギャグは好きですから、お色気と人情味を鍋にぶっ込んでギャグで味付けしたような料理を作ってみました。
ところが意外にも読者のウケは良く、自分でもこんな一面あったんだと再発見。いやいや編集さんて凄い、本人より本人を知ってるんですねぇ。
長い漫画家生活の中で時々ステップアップする時期がありますが、これも多分そのひとつかもね。
それが『ビタミンI』ってタイトルの1本。

その後もビッグコミックでこの路線シリーズで続けました。その中の1本が『ごくろう3』。
これは下町の団地しか舞台にできなかった枷(かせ)を外して、思いっきり派手、大活劇ギャグやりたかった思いで楽しんでやりました。
中でも思い入れのあったのはバァさんキャラクター(ローリー)、実は顔も性格も私の祖母そのまんまなのです。なにしろTVで「拳銃無宿」なんてのが流れていた頃、私の男兄弟と並んで毎週楽しみに観てたって明治生まれの年寄り、それもスティーブ・マックイーンのファン。
主人公がジョッシュ・ランダルというのですが、「ジョシ」としか発音ができず、そのうえ「近ごろの外人さん、日本語が上手だねぇ」って言う始末。吹き替えを説明しても死ぬまで理解してなかったって、ヘンなキャラの祖母。日常生活もギャグが多く、そのまんま作品に取り入れました。

  そんな想い出のある好きな作品のひとつです。

  

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    今回の作品紹介『ごくろう3』‥‥‥この駄文を書かせていただいたJUNです。
    今回はいつもの先生との折衝役担当が、本業にて海外出張とあいなり、私が代理で先生とコンタクトを取ることとなったのですが、その折のコアネタをご披露してしまおうか、と‥‥‥

    いつもの担当者の代理として先生のエッセイなどコメントを受け取りに出向いた際、先生 こう言うのです。
    「なぜ俺の知らない情報を知ってるんだよ?」
    私は ?????
    そう、本文中に出てくる「ごくろう3」TV化の話と、ある漫画賞に於いて北 杜夫氏が強く推挙したという件のことですね。

    「えっ、先生 お忘れですか?」と私、順を追って話を始めます。
    「TV局から電話があった時、その電話に出たのが私で、先生はお休み中でしたので一応の話しは私が聞き、その後先生にお伝えしたのですが、先生は一言 「そうか、じゃお前に任せるから話を聞いといてくれ」と‥‥‥ でも、その後の電話で「ボツになってしまいました」ということで、先生にはお伝えしたはずなんですが‥‥‥」

    それを聞いて先生、
    「そうか、覚えてないなァ、まぁ なになに化なんて話しは正式に決まるまでが長くてなぁ、一々つき合ってるのはメンドウなんだよ」
    そこで私が間に入って、ということだったのだろうが、
    見事に素晴らしく忘却の彼方に追いやってしまっているという欲のなさ(笑)。
    好きだなぁ、こんなの(爆)。

    そしてもう一つの件。
    「北 杜夫氏が云々っていう話し、お前はどこで聞いた?」と逆取材(笑)。
    「確か‥‥」と遠い記憶を呼び込み「K記者(小学館)から聞いたと思います」と私。
    「おっ、そのとき彼が来たのか?」と身を乗り出す先生。
    「K記者はたまに遊びに来られてましたよね、その時に聞いた気がしますが‥‥‥」
    「当時、(小学館)担当は誰だっけ?」と先生も記憶を探る。
    「S記者です。あ~、S記者から聞いたのかもしれません」と新たな記憶噴出の私。
    「そうかぁ、どっちにしても俺は覚えてないんだよなぁ~」

    そう言って、記憶を弄っている先生だったのですが、
    言っておきますね、TV化にしろ何であれ、作家本人を差し置いて私ごときが勝手に話を進める訳がないじゃあ~~りませんか(笑)。
    在り得ないって。

    漫画賞の話しは私が係わったものではないので詳細は不明にしても、担当記者が一言伝えているのが自然だと思うんですよねぇ。私が聞いて先生が聞いてないなんて、在り得ないっしょ。

    本当に先生、欲が無いのか漫画を描くということ意外は全て小さな事なのか‥‥‥
    もっとも御自分でお描きになった作品まで忘れてしまうこともあるという先生ですから、これが「普通」なのかもしれないけど(笑)。

    まぁ、その見事な忘れっぷりは流石の先生でした(笑)

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