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作品紹介

第5回

秘密探偵JA 『脱走列車』

執筆者:   2008 年 12 月 1 日

名作『秘密探偵JA』の登場です。中でも異色作と人気の高い「脱走列車編」。ジャングルが一つの密室と化す、この脱出劇を現役作家である杏藤知樹さんが熱く解説!

秘密探偵JA「脱走列車」 196820号-19692

冒険小説におけるひとつのカテゴリーに「脱出行」ものがある。古くは、アリステア・マクリーンの「シンガポール脱出」(1957年)、イアン・フレミングの「ロシアから愛をこめて」(1957年)、ギャビン・ライアルの「深夜+1」(1965年)など、皆さんも良くご存知の古典的名作だ。それらの名作に比することができる望月先生の作品は「脱走列車」だと、私は信じて疑わない。

そして、この作品は、実はシリーズ設定から少し異なるところに面白さがある。

「秘密探偵JA」シリーズは、当時、007シリーズにインスパイアされた数々のスパイ映画、TVシリーズと同じ諜報物というカテゴリーである。だが、電撃フリントが007のある種のパロディの域を出ず、ナポレオン・ソロシリーズは、スタジオ撮影中心ゆえのスケール感の乏しさがあるのだが、JAシリーズは漫画だからこそのスケール感や、主人公飛鳥次郎が日本を守るために創設されたJ機関のエースであるため、パロディに走る必要もなかった。

まさしく英国の対外情報機関MI6のダブル・オー課のエース007号ばりに、日本に危機をもたらす悪の組織を壊滅させるべく獅子奮迅の活躍を見せることができたのだ。少年探偵だからお色気シーンこそないのだが、敵組織の内部を探り、どんな謀略があるのかという謎解き的な展開に関しては、本家(?)ジェームズ・ボンドに遜色ない。

例えば、007号の愛銃ベレッタ(原作では、ワルサーPPKはドクター・ノオ以降にしか登場しない)に対して、次郎はコルト・ウッズマンの短銃身モデルであったり、ボンドの非情ともとれる上司Mが海軍の元提督であることに対して、次郎の上司である「大佐」は、旧軍出身を推測させる。また、ボンドのよき協力者である、CIAのフェリックス・ライターに相当するような甲斐さんの存在があるなど、イアン・フレミングが構築したフレームワークを忠実に、しかし、オリジナリティをもって再現している。

また、007シリーズ映画版でのお約束になった秘密兵器といえば、ボンド・カーや敵が持つワイヤー入りのロレックスであったりするのだが、一方のJAシリーズでは、自転車を分解するとスポークを発射する銃や手榴弾などの武器になるなど、日本ならでは(笑)の秘密兵器ではないか。しかし、シー・アルプス号にいたっては、フレミングの創造力を超えている。MI6の本部はユニバーサル貿易と言う隠れ蓑を持つものの、ロンドン市内にある建物に過ぎないが、シー・アルプスは潜水艦にすらなる巨大空母であり、動く「支局」をとして存在するという巨大秘密兵器である。このスケール感こそが、まさに漫画の真骨頂なのだ。

さて、こうした舞台設定が第1話からの流れだったのだが、この「脱走列車」になると、趣が異なる。出だしは、とあるメラマンが撮影した写真が掲載された新聞記事。猛獣に襲われたと思しき列車なのだが、その記事を見た次郎に胸騒ぎが走る。次郎が面倒を見る孤児のオンブの姿をしばらく見かけない上に、その写真に写る少女がオンブに似ているのだ。しかも、次郎が新聞社に赴き原版を確認しようとすると資料室が火事になる。次郎は、その火事が偶然ではないとして、現地(インド)へ調査に向かうことを上司である「大佐」に願い出る。もちろん、調査は建前でオンブが心配なのだ。日本ひいては世界の危機のためではなくて、「ワタクシゴト」を理由にして飛び出していくのだ。

インドに着いた次郎は、その地方豪族のもと、警察長官と一悶着を起こしながらも写真のネガを見て、襲われた列車の秘密を知る。襲ったのは野獣ではなく、現地で起きた反乱の結果だった。しかも、サーカス団が現地に取り残されており、その救援の手伝いとして武器を運ぶことになる。男気のある次郎だから、事件に「巻き込まれていく」のだが、なんと探しているオンブは、そのサーカス団にいた。怪力芸の男にだまされて連れて来られていたのだ。

オンブも次郎を恋しがっているのだが、まさか次郎がすぐそばに来ているなどとは思わない。次郎も写真に写る少女がオンブではないと知って、ジェット機で戻ろうとする。離陸する次郎。ジェット機のキャノピーの向こうで立っているオンブ。この先も、オンブと次郎はニアミスを繰り返す。お互いにサーカス団の中にいることを知らないのだから当たり前なのだが、わかっている読者には、今度こそと思わせるシーンがこの後にも続く。

慌てて逃げだすサーカス団には、もちろん、数々の障害が待っている。橋を落とされた川では空中飛行人間(大砲で撃ち出されて空を飛ぶ芸)や綱渡り芸人たちの技で橋を渡したり、待ち伏せする原住民を次郎が機転を利かせた演技で引き上げさせたりと、なんとか乗り越えていく。こうしたお膳立ての中で、鍵となる人物達も浮き彫りになってくる。

次郎が運んだ武器の箱に隠れていた刑事は、原住民に危うく殺されそうになる次郎を助けるのだが、この刑事は殺人犯を追ってはるばるロンドンから来ている。サーカス団の中に逃亡犯である男がピエロとして紛れ込んでいたのだ。追われるピエロも刑事から徐々に疑われ、刑事を見殺しにするチャンスもあるのだが、なぜか助けてしまう。根っからの悪人ではないのだ。しかも、置き去りにされそうになるオンブを助けたり、次郎たちと協力して原住民の追跡をかわす重要な役割を演じている。

次郎は激しい戦いの中でぼろぼろに傷ついていくし、秘密兵器と呼べるほどの兵器も登場しない。自ら手助けを言い出したとはいえ、「危機に巻き込まれて」いった次郎は反目する団長が率いるサーカス団の面々を連れてインドの密林を「脱出」しなくてはならない。これは、もう、諜報モノではなく正統な冒険小説のフレームワークにますます合致しているではないか。サーカス団は原住民に追い詰められて古い寺院に立てこもるのだが、ここから舞台は、次郎がいみじくも語る「アラモ砦の戦い」の様相をも示す。一転、動から静への緊迫感へと質が変わっていくのだ。

フレームワークは舞台だけではない。冒険小説を読む者が求める、さまざまな名脇役とも呼べる人物達も前述した刑事とピエロだけではない。

壊れた無線機を直す青年(風体から、軽業師か?)は、無線で救援を呼びために、駅舎に一人残ることを申し出る。彼は、既に原住民がなぶり殺しをする姿を見ているのだ、一人残ることが何を意味するのか十分にわかっている。それでも、「自分を最初に助けてくれと連絡するさ」と気丈に語り、次郎と握手を交わす。

刑事とピエロはお互いには追う者、追われる者。だが、脱出行で友情とも呼べるような信頼関係を築き上げていく。救援ヘリによる脱出間際に、仲間を逃がすために刑事もピエロも戦い続け、深手を負い、倒れる。

「とうとう、お前をロンドンに連れ帰ることができなくなったな」

「ざまあ見ろ ふんだ ははは」

と言葉を交わす二人に、涙が止まらない。

肝心のオンブはどうなった? 次郎は、まさに最後の最後、原住民に追われてオンブを抱えながら逃げる少女を、足を痛めて横たわるベッドから愛銃ウッズマンで助ける。このどん詰まりでやっと出会えた二人に生き残れるチャンスはあるのか?

途中までは、サーカス団の脱出を手伝っているかに見えた警察長官も、反乱の影の指導者であり、とことん卑劣な手段を取り続ける。これもまた、見事な悪役振りだ。

ラストでは、最後に残る次郎が警察長官と対峙するシーンが待っている。長官のリボルバーの銃口越しに覗く次郎の姿。近づくヘリ。発射される銃弾。銃弾がヘリのタイヤとボディに突き刺さる。ヘリの搭乗員から次郎にM16が投げられる。M16を構え引き金を絞る次郎。5.56mm弾に打ち抜かれる長官。わずか、数秒の出来事が、5ページ18カットで見事に描き出されている。

このカタルシスのために、ぼろぼろの次郎の姿があったのだ。

では、徒手空拳の脱出行の中で苦難を乗り越えてきた次郎は何を支えとして、ここまで来たのか? そうだ、次郎の視線の先には、オンブがいた。わずか、十人程度になってしまったサーカス団に中にオンブがいた。

原住民を攻撃するヘリのパイロットに次郎は言う。

「みなしごをたくさん作り出すのが軍の仕事じゃあるまい」

次郎は愛するオンブのために、サーカス団を脱出させたのだ。

当時の子供を夢中にさせた秘密探偵JAが、冒険漫画として当時の大人をも魅了した瞬間ではないだろうか。

蛇足ではあるが、この「脱走列車」は、脚本不足に悩むハリウッドに売り込めないだろうか? もちろん、ある程度、設定は変えなければなるまい。例えば、飛鳥次郎は、J機関員ではなく、軍人崩れのジャーナリストではどうだろうか? 小柄ながら鍛え上げた肉体のトム・クルーズをキャスティングし、オンブにはダコタ・ファニングではどうだろうか。警察長官にはあえて、モーガン・フリーマンを。

こうして、私の妄想は止まらない(笑)



望月先生のコメント

秘密探偵JA、脱線列車と言い替えた方が正しいと思ってます一編。

JAですから、日本政府の敵を倒すってのがテーマのはず。

何で遠いインドでサーカス団と共同生活するんでしょうか、と他人事のようにつっこんでしまいますが、私、長年作品つくってて、欠点は、面白いと自分が興に乗ると脱線してしまう事なんですね。
本来、作品はコンセプトを大事にしなくてはいけない。樹でいえば、枝というエピソードに興が乗ると、
そっちへストーリーづくりがいってしまい、枝がどんどん太くなる。
樹としては実にバランスが悪い。
いけませんねぇ。でも、私としてはマンガ読んでくれる人が面白いと思ってくれたらいい。
本道にこだわり、つまらなくても真っすぐ大木を育てるより、枝が太くなりすぎても、面白れえなぁと読者が思ってくれた方が自分の幸せ。
ひとを楽しませる喜び、それがあるから描き続けられるんです。

というわけで、JAであってJAじゃない番外編であり、脱線してしまった作品なのですが、
杏藤さんにこれほど面白がってもらえるとは、うれしい限り。
脱線、悪くない。私のわがまま勝手、許されるようだから、今後も反省まったくせず、脱線、続けよぉ!!

杏藤さんの例にあげられてた、マクリーン、フレミング、ライアルの本、すべて読んでおりました私、
好きなカテゴリーなんですね、脱出ものが。それも、例にあげられてた三作品は大変面白い。おすすめですって、内藤チンさんみたいだね。
ただ、この三作品に劣らないと、脱走列車押して下さるのは、名誉ですが恥ずかしい。
ほめ過ぎですよ、杏藤さん。
でも、ここまでしっかり内容をつかんで楽しんでくださる読者、うれしいですね。

新宿鮫の大沢さんも、ワイルド7好きと云ってました。この方も拳銃フリークで、かつて夜中の三時まで、その手のマニアックな話で盛り上がった事もありましたっけ。
小説家もマンガ家も、楽しんでもらえるものが書けた時が一番、幸せなんだと思いますよ。


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コメント/トラックバック

  • マンチュウ :
    映画における列車による脱出もので思い出すのは、フランク・シナトラ主演の「脱走特急」(1965年)。700人の連合国軍の捕虜を乗せたドイツ軍の列車をのっとり、スイスへの脱出を図るというものでした。日本映画では、石原裕次郎主演の「逃亡列車」(1966年)というのもありました。敗戦直後の満州朝鮮の国境地帯。激しい抗日ゲリラの攻撃から逃れるため、古い機関車を修理して、輸送船の待つ港を目指すというものでした。
    そして、この秘密探偵JA「脱走列車」を少年キングの連載で読んだときに、ピンときました。アクション映画大好きの望月先生だから、絶対にこの映画を見られたに違いないと思ったのです。それは、1968年3月に封切られたロッド・テイラー主演の「戦争プロフェッショナル」という映画です。
    戦争プロフェッショナルとは、凄腕の傭兵のことで、アフリカの奥地で反乱軍の来襲にさらされている白人住民の救出と鉱山のダイヤを持ち帰る任務を政府と鉱山会社から依頼された4人の傭兵たちが武装した列車で脱出を図るものでした。
    名カメラマン ジャック・カーディフの監督作品でしたが、B級アクション扱いで、大阪では、フランス製スパイ映画「短刀(ダガー)と呼ばれた男」との二本立でひっそりと公開されました。しかし、そのおもしろさからのちの傭兵映画「戦争の犬たち」や「ワイルド・ギース」などに与えた影響は大きいと思います。望月先生の作品もそのひとつだとひそかに思っているのですが・・・的外れでしたら、ごめんなさい。
  • くれーん :
    マンチュウ様

    >日本映画では、石原裕次郎主演の「逃亡列車」(1966年)というのもありました。敗戦直後の満州朝鮮の国境地帯。

    日本映画専門チャンネルで見ました。若き日の中尾彬が出ていましたね。私は日活アクション映画ファンなんですが^^; これはムード歌謡もの(?)とは一線を画するいい作品だと思います。Mixiの日記でも感想をコメントしているんですよ。

    http://mixi.jp/view_diary.pl?id=363548658&owner_id=656087

    脱出行ものは、本当に名作が多いと思います。景山民夫の「虎口からの脱出」も、十分に名作に入ると思います。
  • heikichi1959 :
    ピエロに化けた逃亡犯という設定は、セシル・B・デミルの「地上最大のショー」のジェームズ・スチュアートから、犯人と追跡者の友情は、ジュリアン・ディヴィヴィ絵監督、ジャン・ギャバン主演の「地の果てを行く」からインスパイアされたような気がします。パロディではなく、その作品のエッセンスをしっかりと掴み、自家薬籠中のものにしてしまうあたり、望月氏の非凡な才能が感じられます。
  • キンちゃん :
     私も「脱走列車」は、シリーズ屈指の傑作だと確信しています。望月さんの、洋画に対するオマージュもところどころにちりばめられていて、それもまた楽しからずや。とくに、リチャード・ウィドマークをモデルにした刑事さんの壮絶な戦死のシーンは、映画「アラモ」のジム・ボーイのそれを彷彿とさせ、涙を禁じえないのであります。望月さんのアクション漫画は、文化です。

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