月刊望月三起也タイトル画像
作品紹介

第6回

薔薇のイブ

執筆者:   2009 年 1 月 5 日

女性セブンで連載された異色作『薔薇のイブ』。本格的なバイオレンス・アクション漫画にも関わらず、女性読者を魅了したそのわけとは?

師はことのほか『薔薇』がお好きなようで‥‥‥

「花」が好きなのか「言葉(音)」がお好みなのかは定かではないが、「バラ」とタイトルに付いた作品はいくつか存在する。バラの戦士リングの薔薇そして『鋼鉄にバラ(続ワイルド7 野獣伝説)』ROSE V(ロゼ サンク)』などがある。その中の一作を今回取り上げてみる。

  
  

1973年まったく以って思いもしなかった誌面に「望月三起也」の名前を見つけたと知人が知らせてくれた。『女性セブン』である。「えっ、先生にスキャンダル?」‥‥‥ 違う、違う(笑)、新連載作掲載開始であった。

それは衝撃と言うしかなかった。一般の漫画雑誌ではない、それも成人女性専読誌といってもいいであろうゴシップ雑誌(失礼)への連載である。

それは『薔薇のイブ』。

美貌の殺し屋「イブ」と呼ばれる男が主人公であるその作品は、圧倒的な支持をもって迎えられたという。私は“おとこ”であり、女性の持つ嗜好と感性にはかなり疎い。(これで人生多分に損をしている)よって連載中この作品が、どのように読者である女性に捉えられていたのかは、まったく解からなかったのだが、後々とある関係者から聞いたところによると、それは素晴らしい手応えだったのだと。



その物語とは‥‥‥

ハイジャック発生、不時着場所は北極の地。犯人は隠密裏に5億円を要求しそれをひとりのフライトアテンダントに持たせて来るように指示をしてきていた。以前、当該社のパイロットであった「月江 順(イブ)」とその父「月江金之助」が、犯人一味との交渉役を得る。今は世界の裏家業で生きるこの父子は、すぐさま交渉の地ベネチアへ飛び、犯人一味との初接触を開始する。女と見まがうイブはその美貌を犯人に要求されているフライトアテンダントとしての姿で隠し交渉、身代金を犯人に渡すことなく全てが巧くいったかと思われた矢先、ハイジャック機は乗客もろとも大爆発、炎上してしまう。

謎を追い、イブはローマへと、東京へと飛ぶ。

航空機の使用する莫大なエネルギーを取り巻く闇に飲み込まれていくイブのナイフが、妖しく光を放つとき、音もなく血がしたたり事件の真相をえぐり出していく。



舞台をヨーロッパと日本を股に掛ける展開、今でいう「イケメン」殺し屋にサスペンスとミステリー、そしてベッドシーンと確かに女性が好みそうなプロット、エピソードが随所に盛り込まれている。そこに師お得意のアクション、それも壮絶なバイオレンスで加味される。物語冒頭、掲載誌が女性セブンだからとまったく力を抜くことなく、ハイジャック機の不時着シーンだけで7ページ17コマをも使って望月アクション全開で驚愕のスタートなど、男性でも息を飲む以外にない。

女性誌に於いて、後にも先にもこれが最初で最後の、バイオレンス・アクション漫画が進行、完成していった瞬間であった。

話しは少しずれたところから入っていくが、その昔、私が師の元にお世話になっていた時代、深夜カリカリとペンを走らせながら弟子一同でこんな会話を交わしたことがある。

「先生の作品の中には多くの拷問シーンが描かれているけど、自分にとって これはイヤだなぁって思う拷問ってどれ?」と誰かが言い出した。

『ナイフでのなます切り』だの『緑の墓での十字架』だのと当然のごとく百花繚乱の意見が出たが、一人が『ホタル』‥‥‥と言ったとたん、一同異口同音に唸った。「あれはイヤだなァ」「確かにイヤだな‥‥‥」と。 『薔薇のイブ』に登場するその「ホタル」なる拷問たるや、人の羞恥までをも破壊しかねないものだ。

敵の手に落ちたイブは全裸で椅子に縛りつけられ、弾帯(メタルリンク給弾ベルト)によって壮絶な殴打を繰り返されるのだが、このシーンだけでもうほとんどゲップが出掛かっている(笑)。そこへ止めとして用意された拷問が「ホタル」なのだ。臀部に近づく火の着いたロウソク、それが突き刺しこまれる‥‥‥

ワォッ、このコーナーで書き記すことに一抹の躊躇をしてしまう私だ。詳しく知りたい方はぜひ本書を入手後、確認して欲しい。お持ちの方は今一度再読されるとお解かりになるはず。普通に考えて女性誌用のエピソードではないと思われるのだが、どうやらそれも受けたようだ(苦笑)。しかし、よくもまぁこれほどの拷問を創造できたものだと、弟子一同違った意味で(?)感心したのだ。

その拷問「ホタル」の後にやってくるカーチェイス・シーン、これがまた凄まじい。数ある望月作品のカーチェイス・シーンの中でも、この「薔薇のイブ」に於けるカーチェイスに私は最高レベルの星を付けている。とにかくその場所の状況描写が素晴らしい。ロングとアップの巧みな構成とアングルの切り替えの速さもスリリングで、まるでハリウッド映画並みのスピード感とリアリティで見るものを圧倒してくる。

そしてこのチェイスするクルマの中には先ほど拷問を受けたばかりのイブは鉄条網で縛られて後部座席に放り込まれているのだから、念の入ったイタブリである。(笑)この揺れるクルマの中でイブのお尻は大丈夫なのか?(爆)

本作「薔薇のイブ」は、みなさんが良く知る望月作品とは作風の趣が多少異なる。
   
上記したシーンなどは物語に於いて、“動”の部分であり、イブが仕事(殺し)を遂行するシーンなどは“静”である。従来、物語のメインシーン(キメのシーン)が派手なガンファイトであったり、そうでなくともアクションという“動”であったのに反して今作「薔薇のイブ」では、主人公が“決める”シーンは“静”なのだ。そう、あまたある望月作品の中において作りがまったく逆なのだ。
この物語構成が、この作品「薔薇のイブ」のキモでもあると私は思っている。

上記のような壮絶な“動”があればあるほど、“静”であるイブの殺しのシーンに氷の冷たさと、不気味さが演出される。このコントラストが読者を飽きさせることなく、ラストまで一気に誘い、クライマックスは音もなく訪れる。

その素晴らしい画力と相まって、二転三転するストーリー構成、読者の予想など木っ端微塵にされるのだから面白くて当然。この「薔薇のイブ」は傑作と位置付けて余りある作品であると断言する。

しかしこの『薔薇のイブ』、1974年と84年(再版)大都社より単行本として出版されたそれ以来、ファンの前にはお目見えしていない。是非に!と願う向きは私だけではないはずである。

私の個人感だがこの1年前、「ヤングコミック(少年画報社)」に於いて読み切りとして掲載された2本の作品、『赤毛のクインメリー』と『黄金のLAMER』(どちらも単行本未収録)。その主人公「クロス」。このクロスがイブの元になっているのかもしれないと感じている。

冷たく妖しくナイフを使う様は、その後のイブに移行しているように思えてならない。

マニアの方なら、もうお気づきかもしれないが、このクロスはそののち多少のキャラクター変更を受け『新ワイルド7』でやはり「クロス」名で活躍している。

これほどの傑作が女性誌「女性セブン」に連載されていたのだから再度驚く。それも過去の掲載作品を凌駕するほどの人気を得たというのだから、さらに驚くのだ。

元来先生には女性ファンが多い。なぜだか多い。先日開催された『月刊 望月三起也』発の「ファン感謝イベント」でも女性のかたが多く参加されていたし、以前まだインターネットなど存在さえしていなかったアナクロな時代に起ち上げられたことのある先生公認のファンクラブでも、その会員の半数は女性だったという事実がある。私自身が先生のもとにお世話になっていた数年間でも、仕事場見学者の大半は女性であったと記憶している。なぜだろうかと考える‥‥‥

内包された闘争心に刺激をうけるのだろうか? はたまたその「絵」が女性に訴えるなにかを持っているのだろうか? そのどちらも正解であろうと思われるが、一番の魅力はその産み出されるキャラクターにあるのではないだろうか。男が惚れる男に、やはり女も惚れるということだ。

ハードボイルド小説界のスーパーヒーローである「フィリップ・マーロー」(R・チャンドラー)の言った有名なセリフがある。

If I wasn’t hard, I wouldn’t be alive. If I couldn’t ever be gentle, I wouldn’t deserve to be alive.

我が国では「強くなければ生きていけない、優しくなければ生きていく資格がない。」と翻訳されているこの「男」を形容するあまりに有名なセリフを地でいくキャラクターが、望月先生の産み出すキャラクターたちだからではないのか。

先生の声が聞こえる。

「女なら、こんな男に惚れてみろ!」

この強烈に強さと優しさを合わせ持ったキャラクターに世の女性たちは心惹かれるのだろう。



追記
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『作品紹介・薔薇のイブ』掲載後、
連載誌でありました『週刊女性セブン(小学館)』編集部のご厚意に
より懸案でありました掲載号の詳細なデータをいただきました。

連載期間:

1973年(昭和48年) 11/21号 (44号) ~
1974年(昭和49年) 2/6・13合併号 (5・6号)
【 全10回 】


‥‥‥だったとのことです。
ただ残念なことに、当時のスタッフがすでに在席しておらず、
掲載の詳しい経緯などに関しましては判明できず。とのことでした。

ご多忙の折、わざわざ調査いただいた、女性セブン編集部のご厚意、
ご協力に感謝いたします。
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望月先生のコメント
【望月三起也先生より】

短期連載モノは何本もあり、どの雑誌に載ってたかも憶えてないのですよ。
なにしろ、昨日より明日に生きるってのが、私のポリシー。
単行本化されたら目を通すのが普通といわれてますが、それすらしない。
なぜか。後悔が多いからなんですよ。
そう、あのカット割り、もう少しテンポよくとか、ていねいに描き直しした方が良かったとか。
絵の部分等々、良かったと思える部分は絶対ない。
だから、うしろは見ないのです。
と、同時に次のアイデアであり、次の新しい描き方、ペンタッチと、挑戦することはいっぱい。
マイカーにはバックミラーというものはついてません、不必要。
ただひたすら前へ!!
明治のラグビーみたいな私の絵描き道なんで。

ま、たまに振り向くとすれば、単行本化される時。
新たに表紙、描きおこします。
その為、内容をざっと見る。
その時は忘れてますから、一読者。けっこう面白かったりしてます。

忘れるって作業を、自分の中で意識的にやってる脳なのかもね。
つまり前を向いてるうちは、現役。
なのにですよ、ついこの間、失礼な取材されちまいました。
フラッシュという雑誌で、確認しない私も悪いのですが、
いや、なに、六本木で誰かとデートしたとこ写真とられたとかではない、
あるわけもない。
そこは、さみしいのですが、その雑誌の特集で、伝説の漫画家、という扱い。

伝説かい?

私は、いつ漫画家やめたんだ?
勝手に決めつけてはいかん!! 怒るよ!!
取材内容は、ワイルド7描いてた頃の苦労話を聞きたいという申し入れだったのですよ。
参ったねぇ。伝説扱いなら断ってましたよ。
ワイルド7の新作、構想中、まとまり次第、発表って意気込んでる最中なのにね。
これがコメントですって、ヘンかなあ。
    


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コメント/トラックバック

  • yazy :
    ■確かに「薔薇」のつくタイトルは多いですね。
    そういえば「バラ」以外でも、例えば「クビ」なら「首にロープ」、「悪医者の首」、「首そのⅡ」・・・
    「ハイ」なら「灰色の飢巣舌(ウエスタン)」「灰のとりで」「灰になるまで」のように・・・
    この辺りは、きっと響きの良さを意識してるんだと思います。
  • Grünherz(ぐりゅーん・へるつ) :
    「女性ファンにウケる理由」というのは興味深い研究テーマですネ!
    私見では、先生の皮膚感覚あふれるギチギチした特濃表現は、男性よりも女性ウケするんじゃないかと思います。昨今女性漫画誌も多様化しているので、女性誌にも新作発表して欲しいところです。

    こうした「隠れた名作」を紹介して貰えるのは大変ありがたいです。「全集」を是非!って思います。

    フラ○シュの取材は失礼ですねー。「アキレスのかかと」を与えていいと思います(笑)。いわゆる巨匠と呼ばれる漫画家のうちで、素晴らしい新作を期待できるのは先生だけだと思うのですが。
  • ぐりゅーん・へるつ :
    突如思い付きましたが、ワイルド7の最後のコマって「薔薇」ですよね。

    下記URLのサイトにバラの色別花言葉が載っています。
    http://www.87co.jp/flowerwords.html

    それによると、赤バラの花言葉は「情熱、愛情・あなたを愛します、貞節、美、模範的 ・熱烈な恋」...だそうです。これ以上のメッセージってないでしょう。
  • ワイルド7 FC :
    「夏のユキ」の花言葉

    公式サイト「月刊 望月三起也」の「作品紹介」というコンテンツで、先生の作品にはバ
  • JUN(執筆者) :

    『週刊女性セブン(小学館)』編集部より
    連載期間の詳細データを頂きました。
    ご厚意、ご協力に感謝いたします。

    詳しくは【追記】をご覧ください。

        
  • 初心者 :
    はじめまして。白バイ関係の事をそれとなく検索していて、『ワイルド~』→望月先生→『薔薇のイブ』といった流れでこちらにお邪魔しました。小学校に上がった頃、叔母の持っていた週刊誌を盗み見ていて、正しくこの記事中のシーンを目にし衝撃を受け、タイトルを覚えていたものです。40年以上振りで、あの漫画の正体・原作者が分かり、やっとホッとできた次第です。ワイルドの実写版を正しくTV放送中だった当時、原作者が同じとは夢にも思いませんでした。また興味深い記事を期待しています。

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