月刊望月三起也タイトル画像
作品紹介

第1回

最前線

執筆者:   2008 年 8 月 1 日

今回は、かえるプロのメンバーだったJUNさんによる、 熱い想いを込めた解説です。 さて、どんなお話が飛び出すのか!

う~ん、困った。実に困った。
まさか私に執筆の話しが来るなど予想だにしてなかったのだ。それも『最前線・二世部隊物語』だと?私を指名して後悔するんじゃないかと内心恐々としているのだ。
いや、後悔させてやる(笑)

そもそも私と師望月三起也先生との出会いは「秘密探偵JA」第六巻“赤い天使”だ。(初期少年画報社刊キングコミック)
中学時代、金に困っていた悪友が私に売りつけてきた数冊の漫画本の中にそれはあった。漫画及び漫画家のことなどそれ程知りもしなかった私に、「とにかく面白いから‥‥‥」と押し付けたのだ。果たして‥‥‥ 面白いなんてものではなかった。初日から何度読み返したか知れない。ほどなくその本はボロボロとなり、新規購入をすることとなった。
見事に“望月三起也カルト”と変身している自分がいた(笑)

高校生となり色気付き、みじめったらしいヒゲが生える頃には、当時購入可能な先生の単行本100余冊総てをコレクションしていた。その中に一際大好きな作品として存在していたのが『最前線』。当時はまだミッキー熊本軍曹率いる「ヤンキー分隊」のエピソードは継続中で、読み切り形態にて雑誌に不定期掲載されていた。それをライブで読めた私は幸運の一人だったと思う。なぜなら掲載時は必ずカラーページでスタートだったからである。望月先生のグラビアには定評があるほどの凄さがある。美しいのだ。

さて私と同世代の者ならば誰しもが幼い頃に熱中したであろう米国TVドラマがあった。
『コンバット』(1962~1967ヴィック・モロー)である。米国セルマープロが制作し、後に戦争三部作と語られることとなる『コンバット』『ジェリコ』『特攻ギャリソンゴリラ』。
その第一弾、歴史に残る名作だった。
この第二次大戦下のヨーロッパを舞台としたドラマが、二次元という紙の上で見事に再現されていた。「コンバット」で見せ付けられた戦場の汗と男臭さは影を潜め、スマートによりスピーディに変身して。それも主人公たちは、米国籍を持つ日系移民二世たち。それまでそんな部隊の存在すら知らなかった私達に衝撃を与えた。同じ日本人のDNAを持つ者として、それは「コンバット」以上にこの紙の上のキャラクターたちに共鳴したのだ。

米国籍を持ちながら敵性国人として差別を受けた彼ら日系人たち。その大半は自ら志願しての前線行きだったという。米陸軍史上、最も多くの勲章の授与と最も多くの血を流したという事実。なぜ彼ら二世はそこまでして戦わなければならなかったのか。
1941年12月8日未明(日本時間)帝国海軍機動部隊による真珠湾奇襲攻撃からそれは始まった。当時移民として米国に居を移していた日系人、約29万人は非戦闘員であるにも係わらず、強制収容所への抑留、そしてその財産の凍結と突如の困難が降りかかって来ることとなった。既に年老いてきた両親、まだ幼い兄妹たちを自らの忠誠心で、救う為に彼らは戦う決心をするのだ。
米国人として生まれた自分自身のアイデンティティーの確保という事は当然あっただろう。
しかしそれ以上に、彼らの目的は親兄妹たちの救出にあったと思われる。そして旺盛な愛国心に溢れていたのだろう。

そのアメリカ陸軍第442戦闘連隊所属の二世たちの戦いが、見事に望月節で語られていく。
私がヘタに語るよりこれはもうこのシリーズをお読みいただくしかない。
日本人を主人公としたことによって、それまでヨーロッパ戦線を舞台とした、どのドラマに於いても見ることの出来なかった虚無感漂う名作エピソードが幾つも登場している。

どれも素晴らしいエピソードなのだが、個人的に書かせていただくと『反撃』などは子供心に反戦を強く意識させられた名作だったし、他にも『迎撃』などオープニングの大迫力カラーページから、ラスト「カウンター・オックス」の優しき勇気の献身と、ハリウッド映画を体現した秀作だった。『落とし穴』『大地を裂く』などどれも涙なくしては読めない逸品となっている。

特に1970年別冊少年キング9月号に掲載された『約束』は、必ず泣ける名作である。
ラスト、ミッキー熊本軍曹の叫び、「パリスっ! きたぞーっ、約束を果たしにきたぞ~っ。 どこだ~っ!!パリス!!」
今これを書くためにそのシーンを思い返しても目頭が熱くなってくるのだ。

私は我が子に先生の代表作である『ワイルド7』を読ませる前にこの『約束』を読ませた。絵、ストーリー、構図、構成とどれをとっても秀逸なこの短編で、一気に望月三起也ファンに獲り込もうと画策したのだ。それは見事に頭に当たった。
ファン二名獲得、一丁あがりィ~である。作戦勝ちなのだ(笑)(先生、喜んでくれるかな? 笑)

漫画テクニックに於いてもこれら『最前線・二世部隊物語』からアマチュアの私など多大な影響を受けた。
前記した絵、ストーリー、構図、構成‥‥‥どれをとっても総てが参考書だった。ここもあそこも‥‥‥と紹介したいのはヤマヤマなれど、制限のあるこのコーナーであるので、最も個人的に驚愕したシーンをここで紹介しておきたい。
それは『鬼軍曹』というエピソードの中にある。添付の画像を見て頂きたい。ラスト近く、ミッキー熊本軍曹の怒りの銃弾が敵将校に浴びせられるシーンだが、このシーン(コマ)の中には描き文字(擬音)が一切描き込まれてはいないのだ。
しかし、私たち読者の耳には「ドドドドドッ‥‥‥」というトンプソンSMGの咆哮する声が聴こえる。見事過ぎる場面描写!読者の想像力を引き出すその流れ!どうにか“もの”にしたいと足掻いたものだった‥‥‥ が、無理だった(爆)

この辺りで少々個人的なことを書かせていただこうと思うのだ。
私が先生の元にお世話になって、作品のお手伝いをさせていただく上で、描いてみたい、お手伝いをさせて頂きたいと願ったもの(作品)に、当然の『ワイルド7』の他に『秘密探偵JA』と『最前線・二世部隊物語』があった。
「秘密探偵JA」を描くという機会は叶えられなかったが、『二世部隊物語』を描くという願望は叶えられた。それは、ミッキー熊本軍曹率いる分隊の話しではなかったが、『白い罠』という作品で実現した。嬉しかった。(笑)単純に一マニアになっていたのだ(爆)

では最後に、やっぱり記録的なものを入れてくれというお言葉もあり簡単に。
この『二世部隊物語』のシリーズは初出1963年(昭和39年)少年画報(少年画報社)10月号の連載からスタートした。翌5月号の一応の連載終了後も読み切りという形をとり、別冊少年キング誌上に於いて不定期に発表は続けられた。
初出(オリジナル)からの主人公であったミッキー熊本軍曹率いる「ヤンキー分隊」のエピソードは、単行本第4巻までで、のち再編集されたホーム社刊の文庫版(2001年2月刊行開始)では全7巻となり、ミッキー熊本軍曹以外の主人公で語られていく『悪一番隊』や『愛と青春の100大隊(ワンプカプカ)』など、他短編などが収録され、先生の『二世部隊物語』シリーズの集大成となっている。
贅沢を言えば、『死者の4日間』辺りも収録されれば本当の意味で集大成だったんだけどね(笑)

ところで『将軍』というエピソードの中に、ミッキーが捕虜となった“ビー玉”を救出にいくシーンがあるのだが、このシーンは『ワイルド7』に於いて飛葉が人質となった八百を救出に出向いたシーンと酷似していることに気付いているのは私だけかな?
ワイルド7のそのシーンは、ファンの皆さんで探すということで‥‥‥ (笑)
では、またお逢いしましょう。


先生、私ごときが先生の作品についてのアレコレを書くなどと
全く以っておこがましさの極みなのですが、
なにとぞ、大目に‥‥‥ ご容赦ください。

アスカ  ハンドルネームJUN 記


望月先生のコメント

三日、三ヶ月、三年、やめ時なんです。
漫画家になりたくて我がアトリエに来る子たち、三日もてば三ヶ月は耐えます。さらに三年経ちほぼ絵だけは一人前、卒業できます。
縁のあった以上、全員ものになってほしい。そういう気ですから私はどうも厳しいようで。アスカ君も苦労したと思いますね。
100人ほど、同じ釜のメシ食うということをしました。うち5人、現在プロとして活躍してます。それほど難しいのがこの世界。
この世界、うちは「アシ」ではなく「デシ」でとります。それも絵が上手いのは当たり前、でも断ることも多かった。弟子希望者は原稿を持って来ます。それを見て決定するのですが、絵が上手い、それだけでは断るときもあります。多少ヘタでも、
「絵に将来性感じる」とか、
「ページ追うごとに丁寧になっていく」とか、
「やたら明るい内容」とか、
「何か持ってる」
と感じたら入れます。
絵には性格が表れます。熱心な子はペンに力があります。なにより必要なのが辛抱ですね、うちは教えるというよりは憶えさせるというのが方針、自分で考えたことは忘れませんから。
たとえばコップひとつ出来の悪い絵描いたら、何も言わず描き直しさせます。コップのクリアさを表現できなければ、いくらペンタッチが洒落ていてもコップではないのです。そこへ気がつくまで5回でも6回でも「ハイ、もう一度」と直させる。意地悪に見えたでしょうね。
でもその都度どこが悪いか考える。その考えることが勉強だし、そうして完成した絵は絶対身につくのです。「こうやってタッチつけたら…」と、一度で教えたら三日も経てば忘れる。「それが人間なんです…」という方針ですから。
土山しげる君(注1)など未だに「恐怖の切り貼り」と悪夢をみるそうで、そういう時は申し訳なく思ってしまう私なんですが。
漫画家になったのは5人ということは、95人は途中でやめていったわけ。
三日、三ヶ月の人たちでもそれぞれ事情があり、漫画家にならずともその後、絵の世界でデザイナー、あるいはアニメ学院の校長さん、教師として続けていってくれているのはうれしい。
アスカ君もファンクラブ起ち上げのとき何十年ぶりかで会って、今でも絵で生活していると聞いて、うるさく言った事が無駄ではなかったと、心からうれしく思うわけです。

さて、そのアスカ君の軍事オタクと同様、私もオタクの元祖。
当時、資料が今のように本屋さんに行けば即、手に入るわけじゃなく、ずいぶん苦労しました。戦車ひとつとっても三面図が手に入らず写真も暗く、細部は想像で補って描いていましたから、今見るとかなり酷い絵。
いつかそういう部分きっちり描き直し、完全版「最前線」描いてみたいと思います。

注1 「喧嘩ラーメン」「食キング」などヒット作多数。現在漫画アクションに連載中の「極道めし」など数本の連載を持つ。


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