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作品紹介

第8回

ダンダラ新選組

執筆者:   2009 年 3 月 2 日

第1回少年ジャンプ愛読者賞を受賞した"ダンダラ新選組"の登場。「望月アクションは現代劇だけじゃないの?」という方にこそ読んでもらいたい、斬新な解釈と男の生き様を描いた逸品です。

幕末の京都、壬生に集った男たちがいた。まさに“漢”と呼ぶに相応しい男たち、『新撰組』である。
あの激動の時代を峻烈に生き急いだこの男たちを描いたものは、書籍、映像を問わず残されている物は数え切れない。そこに堂々と割って入ったのが、望月先生作『ダンダラ新選組』だった。

辛うじて“チャンバラ世代”に引っ掛かる私も、幼少のころ近所の悪ガキたちと手に手に棒っきれを持ち、チャンバラごっこに明け暮れた日もあった。
当時の映画、テレビなどの時代劇では、大半が尊皇攘夷倒幕側の志士たちをヒーローとして描き、佐幕派幕軍であった新撰組はその敵対する「悪」としてとして存在していたがため、誰もが新撰組役を嫌がったものだ。
しかし司馬遼太郎氏の小説『燃えよ剣』(1964年)あたりから、その様相は変化してきたように思う。新撰組に誠の男を見るようになってくる。まだ子供であった私にそのような小説を読み解く機会も力もなかったが、1970年テレビドラマ化されたものを観て意識を変革させられた一人である。
そして思春期に差し掛かるころ、この名作『ダンダラ新選組』に出会った。

1973年少年ジャンプ第17号に「第1回愛読者賞」エントリー作品として描かれた『ダンダラ新選組』が読み切りとして掲載された。
一読して感動に包まれた、何度も読み返してそのつど感動を新たにした。

 


↑ 以前私が描いた似顔絵で、望月先生の絵ではありません


 

京都壬生の庄屋屋敷を仮の屯所としていたころの新選組。活動のための隊士を募っていた新選組に一人の男が入隊希望にやっ来た。その男は剣士としてではなく賄い方(調理師)として入隊を希望し認められるのだが、副長土方歳三は新隊士千兵衛(架空上人物)にその剣士としての実力を薄々感じ取っていた。
直後、隊規にあるまじき行為をしたと数人の隊士の処罰(切腹)が執り行われようといていたのだが、その中に千兵衛が3年前生き別れになっていた息子を見つけたことで、千兵衛の入隊の真の目的が新選組の行動半径を生かした生き別れの家族捜索にあることがわかる。探索方の好意などにより妻と次男の行方も判明するが、既に妻は再婚しておりその幸福を壊してはならじと陰から見守る千兵衛。
しかし、元妻の再婚相手が長州の間者(スパイ)と判明し、同じ幕府側であるが悪辣で知られる市中見廻り組「黒羽組」が捕縛に向うと情報を得る。元妻と次男の新たな幸せを守るため、たった一人で黒羽組35人の中に斬り込みを決意する千兵衛。
より武士道を重んじる土方歳三は、千兵衛に誠の武士を垣間見て‥‥‥


 

鮮烈だった。まさしく“男”が描かれていた。
読後、熱くなった目頭と共に鳥肌じみたものを感じたことは、今でもはっきりと記憶している。それはすべて主人公である新選組副長土方歳三というキャラクターにある。それまで私がイメージしていた土方歳三像とはかなりかけ離れていた。豪胆、無骨、冷徹‥‥‥ 筋肉質というイメージを思い描いていた私など、先生の描いた一見華奢、美男、土佐の武市半平太(武市瑞山)ばりの髷スタイルと、見事なまでのイメージ誤差があった。
しかしこれが素晴らしくしっくりと物語に溶け込んでいくのだから、読者を捕り込んでしまう先生の力は尋常じゃない。まさに望月三起也流土方歳三像、ひいては新選組新解釈だった。
血を求める暗殺集団“壬生浪”と陰で呼ばれたという組織の隠れた一面を見つけた思いで、局中法度という強固な掟で縛られていたと思われていたイメージを、実は友情、団結、誠実、そしてゆるぎない意思に基づく誠の武士集団と転換させられた。
その中心が土方歳三である。

↑ ダンダラ新選組における近藤勇と沖田総司

 

物語前半は望月先生お得意の(?)ドタバタ調で読者を思い切り笑わせてくれる。土方歳三がコントを演じる本邦初シーンである。土方歳三だけではない、新選組が屯所内でこんなことを‥‥‥ と爆笑である。ここもまた既存の新撰組とは一味も二味も違ってなんとも楽しい。しかしその合間にも物語の骨子がつぶさに語られていく。と同時に新撰組の組織そのものも何気なく解説される。これはもうテクニックというしかない。
後半は一転様相を呈し、望月チャンバラアクション全開の展開となる。メインキャラクターである千兵衛は勿論だが、登場人物すべてがすべてカッコいいところを見せてくれるのだからたまらない。特に土方歳三のカッコ良さは格別で、強く優しい「男」を見せつけてくれることとなり、読者の胸はワシ摑み。惚れてしまうのだ(笑)。
前半の何気ない1シーンがラストの重要な部分に繋がる布石となっているので、これからネットなどで入手にしようと思っている方はお見逃しなく。
余計なお世話‥‥‥ ですね(笑)

内容的には別段、新撰組を舞台とせずとも展開できるのかもしれない。
しかし、こと新選組にこだわった望月先生の思惑は新たなカルチャーショックだった。
真の武士道を模索するがゆえ、破滅的な生き方を余儀なくされた幕末の武士集団、新撰組。
『誠』の文字を重んじた男たちを描くことは、先生にとってひとつのライフワークに近い。
このライフワークは新選組そのものを描くことで一方の帰結に結びつくのだろうと思う。
師にとって男の友情、心情を最も表現し読者に訴えたかった舞台が新選組だったのではないだろうか。

あくまで私の感想‥‥‥
先生の描く作品には大きく分けて3種類のキャラクターが主人公として存在する。
飛鳥次郎や飛葉大陸を代表とする正統派ヒーロー、ジョージ牧(マッドドック)、ハム(突撃パリとうちゃん)を代表するオヤジ型(?)。
そして日向ヒカル(ジャパッシュ)や月江順(薔薇のイブ)のタイプである。
当然、望月新選組の土方歳三はこの日向ヒカルタイプなのだが、体制の中であくまでその正義を全うしようとする次郎・飛葉タイプと異なり、ヒカル・イブタイプは革命的行動とその可能性を見せようとするときに採用されているように思えてならない。
同系譜の「ワイルド7」出演の帝王(カイザー)は、テロ集団「昭和暗殺隊」のメンバーだった。
そう、冷たい眼をした野心家たちなのだ。

「日本古武士の伝統である美と正義を貫く」ことを旗印にしたジャパッシュの日向ヒカルのこの思いは何処か新撰組に繋がる。
重犯罪者をメンバーとして旗揚げしたワイルド7、一方、百姓、食い詰め浪人を集めた新撰組‥‥‥ 一夜にして体制の逆賊となってしまう新撰組とワイルド7最終章も似通った臭いを感じる。ジャパッシュの統一された制服、ワイルド7も制服があり、新撰組にはダンダラ羽織が制服として存在した。
どうだろう、望月漫画の根底にはどうやら「新撰組」が横たわっているように思えてならないのだ。

もちろんジャパッシュには他とは違う意味合いが含まれていることは忘れてはならない。どんなに野心家であってもその方法と結果が間違ってはならない。ファシズムは許さじ!大前提である。

さて、内輪のお話も盛り込んでおこうと思う。
このダンダラ新選組は、少年ジャンプ「第1回愛読者賞」エントリー作品であることは最初に述べたが、作家選出は読者投票上位10人で構成され、各々作品を発表後再び読者投票でグランプリを決定するというシステム。
実は望月先生は作家選出時に11位だったのだそうだが(なぜかな?)、10位に選出されたM先生が多忙を理由に辞退したことにより、望月先生が次点として執筆のペンをとることとなったという。
結果、第1回愛読者賞グランプリを受賞!!
副賞のヨーロッパ旅行を、ダンダラ新選組に投票してくれたファン代表の方と満喫されたそうである。
めでたし、めでたし。

そして多くの読者の支持を得たこの「ダンダラ新選組」は翌年『ダンダラ新選組・炎の出発(たびだち)』という新作が読み切りして、別冊少年ジャンプ3月号に掲載された。こちらは近藤、土方、沖田ら主要メンバーがまだ京へ上る以前の話となっている。

幕末の動乱期をテーマの舞台として描いてみたい思いは、作家なれば誰もが考えるかもしれない。
しかしある程度、その自由が存在する倒幕の志士たちではなく、新撰組という特異な組織体をもってそれを描くとなると、青春群像劇としてかなり制約がつくことを承知していなければならない。
時を経てこれを見事に昇華してみせてくれた連載作『俺の新選組』へと移行していく。
そう、「俺の」‥‥‥「望月三起也」の新選組が満を持して登場してくるのだ。男たちの熱い友情伝が展開する。
『俺の新選組』に関しては、大ファンでもあるTakumi氏にバトンを譲ろうと思っている。
Takumiさん、よろしく。


※『新撰組』は『撰』と表記された資料が多く、局長の近藤勇自身の書の中でも」「選」「撰」の両方の字を用いているものもあり、私自身、正直正確なところは図りかねている。よって歴史上実在した組織である『新撰組』は『撰』と表記し望月三起也先生作『新選組』は原作通り『選』と表記することとした。





望月先生のコメント

私、賞に縁が薄く、中学生の頃から雑誌の似顔絵に投稿しても、すべて落選。
マンガも又、落選続き。
プロになって、少年画報社で出版文化賞というのをもらったのが最初。
これは長く連載してたから、社からご褒美って意味かもと、うれしくも、ご苦労さんて感じ。
そこへいくと、ダンダラ新選組の賞は、生れて初めての賞をとった!!
という感動でした。

ま、図々しいことに、依頼された集英社では連載ものやってなかったんです。
単に短編一本やってくれない?って昔の担当さんからハナシがありまして、その担当さんとは、
彼が入社最初の担当が私だったという縁もあり、編集というより友人に近いつきあい。
この企画でトップになるとヨーロッパ旅行に絵描き共々編集も行かれるんだよ。
俺、行きたいんだぁ。と担当さんに云われ、気が入りましたね。
よし!!俺がヨーロッパへ連れていこうじゃないの!!って。

それには、やっぱり取材して気合い入れてやらなくちゃってわけで、京都まで行ったわけです。
新選組とくれば壬生の屯所は当たり前。
祇園の舞妓さんも見てこなくちゃぁ、とコースに入れてお茶屋さんにも上る。ここで一晩どんちゃん騒ぎ。御存知のように、こういうところは、その場で料金払いません。
後日、請求が集英社へ廻ってくるのですよ。
それが実はとんでもない金額だったそうで、取材費、完全にアシが出たって話を後日聞かされました。
連載なら多少の取材費がかかっても仕方がないわけですが、たかが短編一本ですよ。
その原稿料より高い取材費、使っちまったようで。担当さんも若く、そんなに金額張るとは知らず、
真っ青になったそうで、いやぁ申し訳なかったと、それも又、作品に気合が入った動機のひとつ。

各作品がのるようになり、最後に読者の得票トップで初の賞になった時は、
作品の評価されたうれしさ以上に、約束果たした喜びひとしおといったあんばいでありました。

人間、何が動機になってパワーが出るのか判らないもんです。
内容は、好きな時代モノ、それも新選組を使って親子の愛情を表現したいといった、
割と地味テーマなのですが、私としては、クールな時代といわれても、愛情の不変を伝えたかった
わけで、それが読者にも理解されたうれしさはありました。

さらに、ここで造った新選組のキャラクター、けっこう本人としては新鮮さ感じて、これはいけるってのが「俺の新選組」へつながったわけで、そういう意味で、取材、大成功、集英社さんありがとうという、
記念すべき短編ではあります。



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