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作品紹介

第9回

俺の新選組

執筆者:   2009 年 4 月 1 日

細部にまで微細に描き込みの行われた画だけに留まらない。流れるその空気感や匂い、「心」まで感じることのできる幕末青春群像記。これぞ時代劇の傑作!New新選組!!

前回のJUNさんよりご指名頂いちゃいました。
史実との比較をすっとばした私の思い込みだけの内容ですが、ひとつお付き合いのほどを。

“望月作品は初めて”という人にこそ勧めたい大傑作


もし、「数ある作品の中で、これから望月漫画に触れる人に最もお勧めな一品は?」と問われれば、私は迷わず『俺の新選組』と答える。
もちろん、「ワイルド7」や「最前線」「秘密探偵JA」といった、そうそうたる代表作も重要なのだが、新選組という誰もが知っているとっつきやすいテーマで、かつ全5巻(画報社版)という手頃な巻数でありながら望月ワールドの面白さやダイナミックさが高度に濃縮された大傑作だと思うからだ。(膨大な望月作品のほんの一部しか体験していない私がこんな事を言うのも口幅ったいのだけど)

『俺の新選組』は週刊少年キング(少年画報社)にて、1979年7月(第34号)~1980年6月(第27号)まで約1年間に渡り連載された。
個人的には前回の作品紹介で取り上げられた『ダンダラ新選組』が、新選組を素材にひとつのエピソードを綴った“序章”だとしたら、『俺の新選組』は、いよいよ新選組の結成直前から描かれる、先生オリジナルの“新選組青春編”とも言うべき位置づけのような気がする。

物語は新選組が結成される以前、徳川幕府により治安を守る目的で集められた200人の浪士隊が京に向かう途中で起きる、水戸の芹沢鴨一派と近藤勇一派との火事騒動のイザコザから始まる。これはその後のストーリの主軸となる、両派の対立、血で血を洗う主導権争いを暗示させる、まさに火種となるエピソードだ。
芹沢を泊める宿屋の割り当てをしくじった近藤に、へそを曲げた芹沢があてつけに「武士ならば野宿も大いに結構」と、道端で火を焚き、宿場があわや大火事という事態になる。土下座しあやまる近藤を無視し、芹沢は酒を飲みさらに焚き木をくべ、その傍若無人さはますますエスカレートする一方。とうとう人の良い近藤も堪忍袋の緒が切れ、すわ斬り合いか?といったところで・・・


この緊張感!もう、いきなりクライマックスである。
望月作品の特徴のひとつでもある、長々と状況説明をせず、強力なフックやおいしいところをいきなりドーンを持ってくる。うれしくも悔しくも(笑)最初の数ページで、もう望月ワールドにどっぷりハマッてしまうのだ。
と同時に、計算しつくされた構成も光る。この最初のエピソードだけで、敵役となる芹沢の強さや凶暴さ、土方歳三の性格や近藤との関係性、沖田総司のあり方といった各キャラクターのカラーや状況説明がまったく無駄なく描写されているのだ。

これはチャンバラの革命だ!

のっけから熱くなってしまったが(笑)、私は『俺の新選組』をはじめて読んだ高校生時代、剣道をやっていたせいか、剣の太刀回りには興味があった。いわゆる時代劇のチャンバラも好きではあったが、当時の時代劇にありがちな、敵役が次々と簡単に斬り倒されるような太刀回りには、爽快感はあるが物足りなさも感じていた。
ところが、意外なことに『俺の新選組』を読んだとき、漫画としての面白さと同時に、まったく新しい“チャンバラ”に出会った!という印象を強く受けたのだ。それは映像でのチャンバラにかつて感じる事がなかった、まるで剣の切先が頬をかすめるような緊迫感であり、そこに「剣豪同士の果し合いとは、このようなものだったのではないだろうか?」と思わせるようなリアリティを感じたのだ。
たとえば、上に書いた火事騒動のシーンにある、近藤を助けようと土方がフンドシ一丁で駆けつける際に出くわす、それを狙う刺客達との斬り合いでは、皮一枚を剣がかすめるような緊迫感ある太刀回りを、漫画ならではの表現でダイナミックに楽しませてくれる。
そして、その太刀回りの一要素として、ワイルド7などのガンアクションとはまた一味違った、チャンバラならではの表現があるように思う。それは円の動きだ。
拳銃の弾丸が飛び交うガンアクションは、基本は直線的で銃声とともに当たる・当たらないの騒々しいアクションになるが、チャンバラは空を斬る音とともに、時に剣の軌跡が曲線描く、また違ったリズム感のあるアクションになっているように思う。これはチャンバラでこそ表現可能なアクションと言えないだろうか。その土方の描く美しくも必殺の円の軌跡を是非ご覧あれ!


もちろん、実際の斬り合いがどうだったのかはわからないし、恐ろしくて考えたくも無いが、少なくとも私自身は「こ、これは・・・新しいっ!」と膝を打って興奮したのだった。

そして、作品全体としては、望月漫画の熱いスピリット、緻密で圧倒的な画力とアイデア、抜群に面白いストーリーと三拍子そろった完成度の高さ!
これはもう夢中にならざるを得ないが、せっかくチャンバラや時代劇という言葉が出たので、ちょっと気取って『心・技・体』と、武道の精神に見立てた切り口で、この望月漫画道の頂点を極めたと思える『俺の新選組』評をしてみようと思う。まあ、漫画だからさしずめ「剣道」ならぬ「ペン道」といったところか(笑)

望月スピリットの王道、男のやせ我慢と信頼を描いた『心』

他の多くの先生の作品に共通するテーマ。改めて言うまでもないが、それは人の“生き様”なんだろうと思う。この作品ではそれを、葛藤する土方歳三を中心に描かれている。
周りには近藤や沖田、原田左之助といった隊士達、芹沢や新見らといった敵役が、実に個性的で魅力的なキャラクターとして登場し、それぞれの生き様がぶつかりあう。
そして、土方に次々と降りかかる「大儀を取るか、情を取るか」という厳しい選択。
「目的のためには自分を殺す」という、その激しくも不器用な生き方ゆえに鬼とまで恐れられるようになった土方・・・といった解釈により土方の新しい人物像を作り上げている。
わりとステレオタイプになりがちな鬼の土方像を、これだけ人間っぽく、さまざまな面を持った豊かな人物像として描かれた作品は、小説などを含め稀有なのではないだろうか?

その、苦悩する土方の姿は、他の先生の作品にも勝るとも劣らず、望月スピリットを強烈に体現したキャラクターになっていると思う。
また、しょっちゅうぶつかり合いながらも心の底では信頼しあう若い仲間達との友情は、その後の新選組の悲劇的な運命を考えると、私がこの作品を『俺の新選組“青春編”』と名づけたくなる所以でもある。

極限まで濃縮されたテクニック!極彩色の『技』

この作品でひときわ目立つのは、とにかく“執拗なまでに”といっていいほど描き込まれた着物の柄や武具の装飾、町並みや背景の表現に気づく。その気の遠くなるような点描やパターンの反復は、「漫画でここまでの表現・描き込みが必要なのか?」と思えるほど。

また刀の鐔(つば)ひとつとっても、その職人芸ともいえる描き込みの積み重ねにより、あいまいな言い方だが幕末の空気感や時代感を醸し出しているように思う。
それは、まるで非常によくできた映画のセットのように。

また、演出面でも随所であらゆるテクニックが光っている。たとえばこの作品では頻繁に雨のシーンが効果的に使われているが、寺に隠れている敵を新選組が急襲する緊迫したシーンでは、人物を描かず雨の水しぶきや擬音だけで、その突撃するシーンを表現したりするなど、心憎いばかりの演出が光っている。

そして、以外と思われるかもしれないが、私がこの作品から感じる『技』のひとつに季節感がある。この作品は他の先生の作品と比較しても、より抜きん出て季節の移ろいや、四季を感じさせる情景が活き活きと描かれているように感じる。
例えば、先ほどの真冬にフンドシ一丁で近藤を助けに走る土方のシーン・・・白い吐息、路上の凍った水溜りの割れる音、真冬の身を切るような寒さの京の夜に、読者はあっという間に引き込まれるのだ。

また、ご馳走目当てに大名の酒宴に乱入するシーンでは、夏の夜の両国の花火大会と酒の香りが漂ってくるような、なんとも愉快な情景。あるいは、土方と農家の娘の淡い恋愛を描いたエピソードでは、土方のほのかな恋心と重なるように、春の日差しと甘いヨモギ餅の香りがしてくるようだ。
このように、何気なく「季語」がちりばめられ日本の四季を感じさせる情景の数々。それも高度な画力・技術に裏打ちされ表現だからこそ、より時代劇らしく各場面を情感豊かにしているのだと思う。

実際にこの連載が始まるにあたっては、カエルぷろの稼動できる限りのメンバーを集めた総力戦だったと聞いたことがあるが、それもむべなるかな・・・といったところだろう。

テンポの良い展開と新解釈のストーリー『体』

もちろん、技術がずば抜けているだけではない。ストーリーとしては、ある意味手垢のついた新選組の歴史を、人間味あふれる各キャラクターを配置し、まったくフレッシュで独自の物語として再構成している。
物語の範囲としては、初期の試衛館時代から新選組の結成、水戸一派との対立・排除までの顛末を描いたコンパクトな内容だけに、かえって中身が凝縮された無駄のないストーリーとなっていると思う。
もちろん、これ以降の新選組の本格的な活動から、内ゲバによる内部抗争、やがて五稜郭での土方の最後まですでに望月先生の構想にあったようだが、初期新選組のストーリーとして見ると、実によくまとまっている構成と言わざるを得ない。(この辺は以前出版された先生のインタビュー記事が掲載された新選組ムックに詳しい)

↑ 6ページに渡るインタビューが掲載された、別冊宝島 謎解き「新選組」マンガ列伝。表紙も先生の描きおろし!そして、芹沢一派との確執と平行し、呉服屋での5人対30人の死闘、土方暗殺を狙う刺客達の暗躍、激情家原田のバクチ騒動、京都焼き討ち計画の阻止など、硬軟入り混じった各エピソードがテンポ良く展開され、最後まで読み手を惹きつけて離さない。
また、新選組の密偵である山崎蒸を若い女性にしてしまったり(ひょっとして、蒸[すすむ]→ジョウ→山崎嬢といういかにも先生らしい発想?・・・ってこじつけ過ぎか)、金が無いのにあつらえた隊の制服は、十分な布が買えなかったという理由から、袖を端折ったダンダラ模様のベストにしてしまったり、遊び心たっぷりでアナーキーな解釈が骨太なストーリーに花を添えていて、オリジナリティとはこのことなのだと改めて感じさせるのだ。


これから望月漫画に触れる人に

長々と個人的な思い込みを書いてきたが、本来この作品を語るには、冒頭に書いたように史実を踏まえた比較が重要だろうし、より奥深いものになるかと思うが、私にはチト任が重いので、それはまたほかの詳しい方に譲ることにしたい。
繰り返しになるが、とにもかくにも『俺の新選組』は漫画という表現手段をとことんまで昇華した、望月ワールドの集大成といった作品だと思っている。
だからこそ、圧倒的に面白く先生の作品を知らない人にも「まずは読んでみろ!これほど面白い漫画は他には無い!」と自信を持って言えるのだ。

そして、この作品の続編が描かれるとしたら、その登場人物は?、どこまで史実を取り入れるのか?、どういった新解釈のストーリーや設定となるのか?など興味は尽きない。
願わくば、いつの日か再びあの個性的で活き活きとした土方や沖田、そして原田らの活躍を見られる日が来ることを夢見て・・・

※新撰組or新選組の表記については、漫画原作にならい『新選組』に統一しました。


望月先生のコメント
【望月三起也先生より】

新選組、ここまで、ほとんど服を脱がせ、下着までとって、素っ裸状態にまで深く深く読み込んでくれるのは、うれしく、また深さに感動すら覚えます。
思いつきで次々ストーリーつくっていく私としては、実は先の先まで構成考えてないんですよ。
ただ、キャラクターの個性が出てくると勝手にキャラクターが動いてくれるというのが本当。
ある意味、時代モノも現代モノも、男の生き様ってテーマはまったく同じ。
不器用ですから、他の生き方を描けないといった方がいいかもね。

  

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コメント/トラックバック

  • 西園寺ちーむ :
    2009年の記事今更読みました。
    最近また俺の新選組を遅々と読んでまして、吸い込まれてしまい、場面場面じっくり視ないと読み進めないんですよね。
     ワイルド7の後であるので、キャラの描写も最高潮に達していた頃だと思うし、緻密さはアシスタントさんの功績でもあると思いますが、着物、袴の柄等の指示、考案は望月先生でしょうから、ほんと此処まで描き込む必要が有るのだろうか?は確かに思います。
     この作品はその後も考えて居られたと考えられるので本当に残念です。

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