1962年(昭和37年)漫画界に衝撃が走る。望月三起也先生、初連載作『ムサシ』の登場である。
‥‥‥などと大上段に構えた書き出しをしたが、実際この作品を紹介せずして、このコーナーは始まらない、そう思う作品が『ムサシ』。私はこの「ムサシ」とリアルタイムには接していない。
私が師を意識したのは名作『秘密探偵JA』だし、それもすでに連載は終了していたのだから。後々ファンとしてコレクションした中にこの「ムサシ」もあり、そこで初めて目にすることとなった。
明治の時代から始まった日本人のブラジル移民。
その中にあってブラジルで生を受けた一人の青年『ムサシ』。
しかしブラジルの日本人移民村に育ったムサシに親はいない。
孤児として育ったムサシだったが、生まれ持った正義感からか村の守護神となっている。
そのために悪党どもから逆に賞金を賭けられるほど忌み嫌われていた。
しかしムサシは怯むこともなく、誘拐された子を探して得意の2挺拳銃を駆使して犯人と対決するのだ。
それが一軍隊といえどその正義感は微動だにしない。
ブラジルの山村からその血の故郷、日本行きの船上、そして舞台は日本へと‥‥‥
これが物語のあらましだが、それは素晴らしくおもしろかった。初出1962年というと日活の無国籍アクションと呼ばれた映画が全盛の頃である。(石原)裕次郎がいた、(小林)旭がいて宍戸錠がいた。そして赤木圭一郎である。こういったスターたちが走り廻った銀幕の躍動感と、少し以前にTV界などで隆盛を誇った「怪傑ハリマオ」などを代表とする冒険アクションが見事に紙面化されていた。
当時の子供たちがこれをおもしろくないなどと思うはずがない。遥か後になって読んだ私が虜になったのだから。それはあの手この手とトリッキーなプロットの連続で全く厭きさせない。先生独自のテンポの良さは展開のみにあらず、そのアングルに至るまで変幻自在で、この連載デビューの時点で既に完成していたと言ってもいいほどだ。
ジャンルの状況が変化すると『~以後、~以前』という表現が使われるが、まさにその転換期がこの「ムサシ」にあった、と言えるのではないだろうか。視点(カメラアングル)の切り替えなど、同時期に発表されているどの漫画と比べても、その斬新さは抜けている。
ロングとアップの配置構成といい、そのアングルの多様さは、さぞ子供たちをワクワクさせたに違いない。
そして最も驚くことは、この時代、時点ですでに銃が正確に描き込まれていることだ。主人公ムサシの愛用する26式回転拳銃からルガーP08、ワルサーP38、トンプソン・サブ・マシンガン、果てはコルト・コンバット・コマンダーなんていうマイナーな銃まで、どれもしっかりと確認ができる。しかもオートマチック拳銃の作動原理である『ブローバック』までもが見事に描き込まれているのだ。これは驚くべきことである。当時の漫画は人物の手の平にある“L型の物体”から火が出ていれば銃だった時代。
前述した人気の映画でさえ「電着」と言われる方式で撮影されていたために、銃は鉄の塊と化し、昨今の映画のようにその作動原理を見ることはできない。もっと言ってしまえば「いったい何連発なの?」と疑問に思うほど撃ち続けることができたのだ(笑)

しかし、ここまで正確にブローバック状態を描写しても、当時一体どれほどの読者がこれを理解できただろうか。恐るべきこだわりと言わざるを得ない。
先生の影響でGUNマニアとなった私が、“?”と思ったシーンがひとつあるのだ。それはムサシがトンプソンSMGのストック(銃床、肩あて)をスコンッとレシーバー(本体)からスライドさせて引き抜くシーンがあるのだが、私の知っている限りトンプソンSMGのそれは、長い長いスクリュー(ネジ)によって固定されており、容易に取り外せるものではない。さすがにそこまで当時の資料では調べ切れなかったかと長年思っていたのだが、最近の米国映画『ロード・トゥ・パーディション』(主演トム・ハンクス)に於いて、同タイプのトンプソンSMGを確認したのだ。そのような仕様タイプをまったく知らない私は、早速GUNに詳しい幾人かの人物に
訊ねてみたのだが、皆一様に「始めて見た」「知らない」と答えが返ってくる。ただこのマシンガンは1820年代以降、米国禁酒法時代の暗黒街に於いて暗殺用として多用されたがゆえ、利便性を考慮し そのようなカスタムが存在しなかったとは言えないという意見もあった先生はどこでこのようなタイプを知ったのだろうか。映画「ロード・トゥ・パーディション」の遥か40年も昔である。
どうにも気になった私は無作法にも先日、直接先生にお聞きしてみた。
先生曰く、「当時は昨今のようにマニア向けの雑誌などなかった時代、色々なものを漁っている内にどこかで見掛けたのかもしれないなァ。良く覚えていないけど、今と違って逆にそういったものの資料があった可能性はある」(内容要約)
確かにそうだ。今現在入手できる資料の大半は公式記録的なものばかりで、暗殺用アイテムやパーソナル・カスタム的な資料は逆に入手しづらい。
「それに俺は、こんなものがあったらいいなァと思えば、どんどんカスタムしちゃうから」と、お言葉が続く。
うう~ん、エンターテイナー望月三起也。‥‥‥である。

こだわりは、別なところにも発揮されている。
『ムサシ』の設定舞台はブラジルであるが、作中ブラジル、ブラジルと連呼しているわけではない。しかし読者はブラジルを感じている。それはさり気なくであろうとも、しっかりとバックに設定小道具などを描き込んでいるからなのだ。昨今のように膨大な描き込みを行う時代ではなかった時代に於いてもバックを「効果」だけでお茶を濁すようなことはしていない。最先端の作品中にあっても、場所もあやふや、時間も判らない。なんていうバックに適切な描き込みの行われていない作品を目にすると、思ってしまう。大いに先生に学んで欲しい、と。

作中、ムサシが救出する少女「マリ」。まさに大人を喰うそのもの言いに、思わず吹き出してしまう。このおしゃまな少女にその後のオンブ(秘密探偵JA)、志乃べぇ(ワイルド7)を見る事が出来る。他にもマニアなら「ほほう」「あれっ」などの言葉を発するかもしれない。まさしく全てはこの『ムサシ』から始まっているからだ。
マニアにとって堪らない魅力の詰まったこの『ムサシ』であるが、私にとっても忘れがたい作品となっている。
サバイバルゲーム&コスプレのハシリであろうと仲間内で自称しているのだが、まだモデルガンが今のように規制される以前、私たちGUNマニアは火薬を詰めた銃身貫通、黒塗り金属製モデルガンを手に手に野山を走り回って遊んだ。ある日ひとりが「秘密探偵JA」の飛鳥次郎のコスチュームでやって来た。徹夜で手作りのその衣装に羨望の目が集中したのは当然だった。次の集合からヒットTV番組「キーハンター」の千葉真一、スティーブ・マックイーンなどが参加して来るようになった(笑)。
私は、そうムサシを真似た。それほど金が掛かりそうになかった事もあったが、なによりムサシが右手に巻いているリボンなのかバンダナなのか‥‥‥ 銃を抜くつどヒラヒラたなびく布がカッコ良かったから(笑)。 端切れを調達し何となくそれらしく自作し、勇躍出陣したが、この手首のヒラヒラ‥‥ 漫画のようにたなびかない。余程の強風でもない限りダラリとぶら下がったままで、銃を抜く時にはやたらと邪魔になる。実戦にゃ使えん! ということが収穫(爆)
楽しい想い出である。
ところでこの『ムサシ』、過去2度単行本化されている。最初は「アサヒソノラマ」から、2度目は「大都社」から刊行されているが、どちらも一部収録されていないページが存在する。全ページ収録されれば、もう少しボリュームのあるものになっていたかもしれないのだが、どうして未収録なのか。それは原稿が紛失しているからにほかならない。単行本化にあたり、残存する原稿で話しがまとまるように編集したのだそうだ。先生によると、それほど多く紛失している訳でもなく、再編集によってストーリーも変わってしまっている訳ではないと言うものの、やはりマニアは全ページを読んでみたい。
先生、どうにかなりませんか?
して『ムサシ』は一度、復活している。
1969年「デラックス少年サンデー7月号」に於いて、『大追跡』というタイトルで掲載された読み切り作品。物語の最後の最後に、「名は、ムサシ」と主人公が名乗るシーンがあり、感動で震えたことを昨日のように思い出す。
この『大追跡』に関しては読み切り作品ではあるが、別個にここでまた書いてみたいと思っている。
1962年「少年画報 6月号」から、1963年「少年画報 7月号」までの連載期間で、エポックメイキングな風を送った記念すべき『ムサシ』。マニアならこれを読まずしてどうする。望月三起也漫画創生の全てがテンコ盛りに詰まった快作である。
またいつの日か、三度(みたび)の復活を願いつつ‥‥‥
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ムサシ、何度描き直し、くらったろう。 デビュー作です。 当時、アマですから、原稿描いては出版社に持ち込む生活。何社も廻りましたが、感触が良かったのが少年画報社。持ち込み仲間に森田拳次ってのがおりまして、この人も、断られても次々と足を運ぶ。 気合い入れて描きだしましたよ。一回分16頁、連載第一回のつもりで。 実は、後年、決定してくれた編集長に明かされた話、プロとしての絵になってなかったとの事。当人は天才だと思ってたのにね。 と、まずはムサシが登場するまでの話。 もうひとつの好きなGUNをたくさん登場させられる楽しさもあったねぇ。 サッカーものでは、三菱の選手を使ったこともありました、ムサシと関係ないけど。さらにブラジルの資料も手に入りにくく、しゃあない、得意の突撃取材、ブラジル大使館へ乗り込み、色々現地の話をしてもらった上、壁の大地図ゲットして来たこともありました。 今、原稿の一部が行方不明で、まともな一冊の単行本が完成できないのが残念ですが。 |
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