今回の『望月マニ也』、「ぶらり京都一人旅」の続きみたいですけど、取材について、その裏話みたいなもの、書いてみようかと思います。
まずは定番「京都」。
ラーメンも色々あります。醤油、豚骨、味噌、チャーシューに、それは凝ったもの。出汁(だし)は魚介か、いや肉だって。私はシンプル、中華そばと言われるようなものが好き。トッピングはシナチクにナルト、チャーシュー2枚、それにネギ少々・・・・・ これです。食べて安心、ホッとする。これが日本人の私としての京都、そこに身を置くだけでいい。だから、どこがいいの悪いの、どこで何がってひとに聞かれても、「わしゃ知らん」って答えます。
つまり、ラーメンが京都なら、そこへ浮いてるナルトが私。
判るかなァ、そもそも京の町ってものがヨコハマ育ちの私にはいつも新鮮なんですねぇ。町の成り立ちがまったく違う、千年の都とミナトヨコハマ。青い目の人形ですからね。
だから、路地歩きが好き。しかも京都は碁盤の町割、実に判り易い。初めて観光の外人さんも迷わない。ただし勘違いが始まると、「あれ?この道、さっき通ったよね?」「戻ってないかい?」なんてね。「上がる下ると筋を覚えてればええンどっせ」なんて言われたってねぇ。
まァ、私にとっちゃブラ歩きですから、迷いも観光のうちですけど。
これを仕事に使っちまったのが「新撰組」。 ・・・・・と言うか、こっちもほとんど趣味、二回行きました。
一回目、週刊少年ジャンプ(集英社)の読み切りで。
いい世の中だったンですねぇ、読み切りなのに取材費、出版社が持ってくれる。嬉しがって祇園のお茶屋にまで繰り出して一夜遊びまして、その後会社へ届いた請求書見た編集長が担当編集に雷を落としたって話。
知らないって怖いです。三時間ほど遊んでウン十万円だったって。担当さんに悪いことしちまった・・・・・
もっともこのときの作品『ダンダラ新選組』は、第一回「少年ジャンプ愛読者賞」に選ばれまして副賞ヨーロッパ旅行、担当さんも一緒。少しは罪滅ぼし出来たのかな?
二回目が同じく新撰組もので、『俺の新選組』
このときはさすがに祇園はカット。でも食い意地が張ってるから川床料理で鮎の刺身までいただいて。これがちょっと張ったようで、宿へ戻り夕食も終わり、さァ、これからクラブにでも繰り出しますか? ってときに担当さんの一言。
「ええぇ、取材費は使い切りました。これ以降はすべて自腹となります。」と・・・・・
「はァ?」
私は甘かった。会社には予算ってものがあった・・・・・ というわけで、その夜の飲み代は私持ちとなりました。最後の責任は俺が持つ!みたいな展開は、まるで近藤局長になった気分ではありましたが。
三回目は『ワイルド7R』ということになります。
こちらはアシを出さず、担当さんの計画された取材コース、きっちり地下鉄利用でさらに鞍馬寺へ。鞍馬寺もワイルド7Rで使う予定でしたが、ページの都合で次回か別作品で使いたいと思ってます。鞍馬天狗は描きませんが。
『望月マニ也』でも書きましたが、このワイルド7Rは好調な売れ行きでした。なんですねぇ、現地取材に拘った作品はウケてます。それだけ熱が入り、読者も熱を感じてくれるのでしょうか。
取材費が出ないと現地に行かないみたいですが、そんなことはない。自前で海外取材へも行ってます。
第二次世界大戦時の激戦地、レマゲン鉄橋をモチーフに一編のアイデアがあり現地に行きました。もっともドイツ、ブンデスリーガの試合が観たくて、目的の試合が土曜日、一週間のうち6日は取材に使えるってことで。
行ってみるとライン河のこっちと向こう、両方から写真押さえたくなっちゃった。
ところがこれが楽じゃない。鉄橋は先の大戦時に落ちたままで、川幅はわずか100メートルほどなので、渡し船でもあればいいのですが、上流か下流の橋のある駅まで行かなければならない。電車の接続は良くても三時間待ち、下手すりゃ半日待ちですよ。目と鼻の先へ行くのにねぇ、なんでこんなに不便なままにしておくのか?現地の方に聞くと、
「万一、第三次大戦起きたら東側からソ連(当時)が攻めてくる。その時は橋が多ければ容易に進撃される。だから橋の数は制限して増やさない。」
つまり、有事のときの防波堤がライン河なんだって。いや、リアルな話。日本と違って陸続きって怖いねぇ。
このときの一編は読み切りでした。
赤字です。原稿料より取材費の方がはるかに上回ってるんで。でも自分では納得の一編ですね。
まだまだ海外も国内も取材話は一杯。一度に書き切れないから、またね。
※事務局注※
文中「シナチク」という表現があり、現在差別的表現として「シナチク」は自粛の動きもあるようですが、
望月三起也先生含め私ども事務局としても、そのような意味合いを抱き表記している訳ではありません。
まずは定番「京都」。
ラーメンも色々あります。醤油、豚骨、味噌、チャーシューに、それは凝ったもの。出汁(だし)は魚介か、いや肉だって。私はシンプル、中華そばと言われるようなものが好き。トッピングはシナチクにナルト、チャーシュー2枚、それにネギ少々・・・・・ これです。食べて安心、ホッとする。これが日本人の私としての京都、そこに身を置くだけでいい。だから、どこがいいの悪いの、どこで何がってひとに聞かれても、「わしゃ知らん」って答えます。
つまり、ラーメンが京都なら、そこへ浮いてるナルトが私。
判るかなァ、そもそも京の町ってものがヨコハマ育ちの私にはいつも新鮮なんですねぇ。町の成り立ちがまったく違う、千年の都とミナトヨコハマ。青い目の人形ですからね。
だから、路地歩きが好き。しかも京都は碁盤の町割、実に判り易い。初めて観光の外人さんも迷わない。ただし勘違いが始まると、「あれ?この道、さっき通ったよね?」「戻ってないかい?」なんてね。「上がる下ると筋を覚えてればええンどっせ」なんて言われたってねぇ。
まァ、私にとっちゃブラ歩きですから、迷いも観光のうちですけど。
これを仕事に使っちまったのが「新撰組」。 ・・・・・と言うか、こっちもほとんど趣味、二回行きました。
一回目、週刊少年ジャンプ(集英社)の読み切りで。
いい世の中だったンですねぇ、読み切りなのに取材費、出版社が持ってくれる。嬉しがって祇園のお茶屋にまで繰り出して一夜遊びまして、その後会社へ届いた請求書見た編集長が担当編集に雷を落としたって話。
知らないって怖いです。三時間ほど遊んでウン十万円だったって。担当さんに悪いことしちまった・・・・・
もっともこのときの作品『ダンダラ新選組』は、第一回「少年ジャンプ愛読者賞」に選ばれまして副賞ヨーロッパ旅行、担当さんも一緒。少しは罪滅ぼし出来たのかな?
二回目が同じく新撰組もので、『俺の新選組』
このときはさすがに祇園はカット。でも食い意地が張ってるから川床料理で鮎の刺身までいただいて。これがちょっと張ったようで、宿へ戻り夕食も終わり、さァ、これからクラブにでも繰り出しますか? ってときに担当さんの一言。
「ええぇ、取材費は使い切りました。これ以降はすべて自腹となります。」と・・・・・
「はァ?」
私は甘かった。会社には予算ってものがあった・・・・・ というわけで、その夜の飲み代は私持ちとなりました。最後の責任は俺が持つ!みたいな展開は、まるで近藤局長になった気分ではありましたが。
三回目は『ワイルド7R』ということになります。
こちらはアシを出さず、担当さんの計画された取材コース、きっちり地下鉄利用でさらに鞍馬寺へ。鞍馬寺もワイルド7Rで使う予定でしたが、ページの都合で次回か別作品で使いたいと思ってます。鞍馬天狗は描きませんが。
『望月マニ也』でも書きましたが、このワイルド7Rは好調な売れ行きでした。なんですねぇ、現地取材に拘った作品はウケてます。それだけ熱が入り、読者も熱を感じてくれるのでしょうか。
取材費が出ないと現地に行かないみたいですが、そんなことはない。自前で海外取材へも行ってます。
第二次世界大戦時の激戦地、レマゲン鉄橋をモチーフに一編のアイデアがあり現地に行きました。もっともドイツ、ブンデスリーガの試合が観たくて、目的の試合が土曜日、一週間のうち6日は取材に使えるってことで。
行ってみるとライン河のこっちと向こう、両方から写真押さえたくなっちゃった。
ところがこれが楽じゃない。鉄橋は先の大戦時に落ちたままで、川幅はわずか100メートルほどなので、渡し船でもあればいいのですが、上流か下流の橋のある駅まで行かなければならない。電車の接続は良くても三時間待ち、下手すりゃ半日待ちですよ。目と鼻の先へ行くのにねぇ、なんでこんなに不便なままにしておくのか?現地の方に聞くと、
「万一、第三次大戦起きたら東側からソ連(当時)が攻めてくる。その時は橋が多ければ容易に進撃される。だから橋の数は制限して増やさない。」
つまり、有事のときの防波堤がライン河なんだって。いや、リアルな話。日本と違って陸続きって怖いねぇ。
このときの一編は読み切りでした。
赤字です。原稿料より取材費の方がはるかに上回ってるんで。でも自分では納得の一編ですね。
まだまだ海外も国内も取材話は一杯。一度に書き切れないから、またね。
※事務局注※
文中「シナチク」という表現があり、現在差別的表現として「シナチク」は自粛の動きもあるようですが、
望月三起也先生含め私ども事務局としても、そのような意味合いを抱き表記している訳ではありません。
望月三起也 さんのプロフィール
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