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作品紹介

第26回

ザ・キッカー

執筆者:   2010 年 11 月 3 日

好きが高じて「三菱描くぞっ」から始まったセミドキュメンタリーという異色サッカー漫画の決定版!!主役のモデルとなった菊川氏は、ワイルドファンにはもちろんお馴染みのあの人・・・

4年に一度開催される世界最大最高のスポーツイベント『FIFAワールドカップ』。今年は初のアフリカ開催で我が日本代表も形以上の大きなみやげを持ち帰ってくれた。
この日本代表にはこれまで輝くもきらびやかな選手たちが多く召集され、その歴史を彩ってきたのだが、そんな中作者望月先生と親交浅からぬ仲であったひとりの選手の青春時代を鮮烈に描いた作品、それが『ザ・キッカー』。

サッカーが生活の一部、人生の糧とまで言っても良いほどサッカー好きな望月先生、さすがに多くの選手たちとも交流がある。特にご贔屓である三菱重工業サッカー部(現浦和レッドダイヤモンズ)のユニホームを身にまとい、ピッチの上を駆け回った選手たちにはことのほか思い入れがあるようで、この物語はそんなひとりの選手の青春記なのだ。

サッカーの盛んな静岡県国枝市に生まれ育った川田菊一はご他聞に漏れず幼い頃からサッカーに没頭していた。そうした中、中学校から高校へとの進学を考えなければならない時期、学業を疎かにした菊一は不合格となるが、1年をかけ見事サッカーの名門校国枝東高校への進学を果たす。しかしサッカーに打ち込めば打ち込むほど学業は疎かになることを祖父は憂い文武両道を強く教示するが。
チームの主力となった菊一だがそのチームは試合に惨敗、学校側からはサッカー部に期待していないと告げられ燃える菊一の取った行動は?反発し合う教師との確執はどうなるのか?


連載当時(1972年)サッカーが盛んで強豪高揃いといえば、「静岡県」「埼玉県」「広島県」・・・・・ これは作品中でも触れられているが、現在とは少々その分布図に変化が見られる。しかし静岡県に於けるサッカーの人気度は今でも他県を凌駕するほど郡を抜く。その静岡県は国枝東高校を舞台に主人公「川田菊一」がそのサッカー部を目指すところから話は始まるのだが、
作品のサブタイトルに『セミドキュメンタリー』と銘打たれていることで気づくこと、ここでいう「国枝市」とは『藤枝市』のことで「国枝東高校」とは『藤枝東高校』のことだ。そうなれば主人公「川田菊一」は『菊川凱夫』氏のことだとサッカーファンならば自然気がつく。カラーグラビアに於いて藤枝東高校のイメージカラーである藤色のユニホームが描かれていることでそれは決定的となるのだ。そののち三菱の名バックスとして活躍し、日本代表にも招集された菊川氏である。

物語中菊一の祖父として登場する人物の存在が強烈な印象を残す。この人物が実在したのかどうかまではセミドキュメンタリーということなので、菊川氏のファンであってもさすがに知りない得ないのだが、文武両道を強く菊一に説く姿とその真理に読者である私などは心動かされた。幼い頃には既に祖父は鬼籍に入っていた私など本当の祖父から説かれたような気になってしまい、どちらかが欠けてはいけない、どちらも極めて本物とこの物語中の祖父から教わった。
まァさすがに日本刀を振り回すイメージまでは、実の祖父とは重ねなかったが(笑)。
そう、物語中の祖父は日本刀をいつも小脇に従え、実際に抜いてしまう剛の者なのだ。
これはまさにセミドキュメンタリーなのだろう(笑)。

当時のサッカー部の内部事情なども描かれてあり興味深い。ユニホームやシューズ以外にも後輩が洗わされるものに女性物のパンティがあるなどと、部外者が知ることもない事実だろう。
昔、ユニホームの下に穿くサポーターは高価な上にゴツゴツとして馴染めない(大事なタマタマだもんね 笑)、そこで女性物の下着登場となるのだが、そういったことをリアルに絵付きで紹介した初のシーンだっただろう。
後日、日本代表にも召集された名選手である水沼貴史氏や金田喜稔氏も女性用下着を愛用していたことを語っている。水沼氏などはパシリとして買いに行かされていたそうだ。かなり辛いパシリだ(笑)。

またチームとしての組織作りに触れた部分など、当時同じように運動部で汗を流していた私としては興味深く読んだものだ。
トップは人望、鍛える鬼軍曹はナンバー2がやる・・・・・。
トップが嫌われては誰もついてはこない、しかしチームは鍛えなければならない。嫌われ者の鬼軍曹をナンバー2に置き、鍛え上げたチームを指揮するのは慕われるナンバー1が行う。
確かに理に叶っているが、さてさて自ら嫌われ者を買って出る人物が存在するかである。この主人公菊一はそれを計画、実行する。菊一イコール菊川氏である。信念の人だと伝わってきて感動のシーンだ。

他にもサッカー熱の高い土地柄を描いて見せてくれたりで興味深いのだが、なにより熱い望月節が随所に盛り込まれ、感動のセミドキュメンタリーが構成されていく。
ラストはグッとくるシーンが待っているのだが、ここでは当然ネタバレとなるので書けない。しかし、この事実には泣かされる。いつものように「たまりません!」(笑)。
現在の私がサッカー大好きとなってしまった全ての要因が、「ヘッド!牙」から「ザ・キッカー」へと続く週刊少年ジャンプでのこの連載の流れにある。すぐに影響を受けてしまう、人生のいくつを望月先生から左右されているのか、毎度のことながら恐ろしいほどの単細胞である。

さてここまで書いてきて、菊一のモデルである菊川凱夫氏であるが、現役引退後はに静岡志太クラブで選手と監督を経験、1982年創部した藤枝ブルックス(中央防犯藤枝サッカークラブ)に監督として入社、選手全員がガードマンとの兼業という中、優勝という成績を残し、のちJリーグ昇格時に福岡へ移転、福岡ブルックス総監督、チーム名を変更してアビスパ福岡となるが、そこでも監督をはじめチーム要職を歴任し日本サッカー界を支え続ける人物である。
そうそう、前記した藤枝ブルックスのチームロゴは望月先生がデザインしている。

私事を書かせて頂くが、実は私、この菊川氏といささかな面識を持つことがあった。まァ相手、菊川氏の記憶に残っているかどうかは別であるが・・・・・
あることで風呂(温泉)を一緒することがあり、この大好きだった選手に背中を流してもらうなどという栄誉に与った。この一時は現在も私にとっては大切な想い出で、菊川氏の素晴らしい人物と相まって私の記憶の宝物となっている。

そして菊川氏の望月作品への出演はこのザ・キッカーだけではない。
多くのファンの方は既にお気づきだと思うが、『ワイルド7 地獄の神話編』にてワイルド7のメンバーとは別方向から事件を追う警視庁特捜部刑事 菊川凱夫はまさにそのものズバリ、菊川氏がモデルである。
三菱柄、スリーダイヤのスーツを着こなし、三菱ギャランGTOを駆る・・・・・ 気づくな、と言う方が無理があるほどだ。

最後にいつもの重箱のスミだが、今回は違う方向からの重スミを。
不思議だ、本当に不思議なのだ。週刊少年ジャンプ(集英社)誌上にて多くの作品を発表してきた師だが、大いなる不思議なのだ。
「JC」マークでお馴染みのジャンプコミックス、なぜか望月三起也作品は一冊として編集、発売されていない。今回取り上げてみた「ザ・キッカー」しかり「突撃ラーメン」「ジャパッシュ」他多くの作品群は全て集英社以外の出版社によって単行本化、出版に至っている。
以前に望月先生ご本人にお聞きしてみたことがあるのだが、ご本人からは「あ~、そうか?」というお言葉(予想はしていたけど 笑)。
ファンとしてこの小さな謎、どうしてなのだろう???


『ザ・キッカー』
1972年 「週刊少年ジャンプ(集英社)」32号~38号
1976年 HIBARI HIT COMICS(ひばり書房)


                    2010.11.1 JUN記



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望月先生のコメント
【望月三起也先生より】
「ワイルド7の作者だったんですかァ」
って菊川選手に後から言われ、よほど意外だったみたい。
初対面のときはサッカー話で盛り上がり、私も別にどんな作品を描いていて、キャリアはどうこうなんて話ゼロ。ほとんどサッカーマニア、ヲタク、ファンって立場で日本代表選手相手にしゃべっていたって感じですから。
そう、私ァ時として作家って立場、忘れてしまうんで困る。

このザ・キッカー描く前からサッカーファンというより三菱ファンだったわけで、ジャンプから依頼されたときも迷わず「やりますっ」って、しかも「三菱描くぞっ」って気合入っちまって取材も熱心に、というより三菱の練習場へファンが顔を出してたって姿の方が正しいのですけど、と同時に忘れられないのが、これがきっかけで見る方から蹴る方に切り替わったこと。

取材で練習場へ行くと、当時の日本代表選手5~6人が相手をしてくれるのですよ。
練習開始前のひと汗掻くため5~6人で輪を作り、輪の中に1人か2人入れ、中の選手は外からのボール廻し、パスをカットする。出来なければ何分でも中でダッシュを繰り返す破目になる
いやァ、楽しく遊んでもらえるはずが、1分、2分・・・・ 全然、足の先にもかすらない。
当然ですよね、周りは代表組、今なら本田(圭佑)とか香川(真司)がボール廻すわけだから、もう目が回ってくる、呼吸は乱れる、吐くかと思った。いや、その辛いこと。
だったらギブアップすりゃいいんですが、私 昔から強情、弱気の虫は男のハジってグランドのハジっこで密かに吐いたりしちまうわけですよ。
つまり見る方専門だったのが選手としてグランドに立つはめになるきっかけが、この漫画でもあったわけです。
このとき菊川選手と共に私を輪の中から出さないパス回しをしてくれていた杉山(隆一)とか落合(弘)とかって方々は、今やサッカーの殿堂入りって方々、神様に最初っから教わっていたわけですよ、凄いコーチ陣です。
そのわりに上手くはならないのだけど、楽しく長くやる魅力を教わりました。

年に一度は三菱OB会でその方々と同じフィールド、駆け回ってます。
もちろん自分のチームではほぼ2週に1度、横浜と保土ヶ谷のリーグでボールを追っ掛けてます。
これもザ・キッカーを描いたことで人生が膨らんだのですねぇ。



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コメント/トラックバック

  • ぐりゅーん・へるつ :
    「JC」の件、私も不思議に思っていました。

    望月先生はジャンプの創刊号にも描かれていますし、その後もいくつか連載を持たれていたのに、「ジャンプ」のイメージが薄い気がしますが、それは「JC」から単行本が出ていないせいもあると感じます。

    「JC」以外から単行本が出る場合、連載から間を置いているような気がしますが、どうなんでしょう。

    専属契約の漫画家さんが「JC」なのかな...って一瞬思いましたが、永井豪さんとかもおられますしね。

    ほんと、ナゾですね。
  • JUN :
    どうしてジャンプ・コミックスが一冊もないのか?
    ねぇ~、不思議、おかしな話でしょう。
    先生本人が気づいていなかったフシもあるくらいだもん、
    私らに判るはずがないってか?(笑)
  • sillazman :
    JUNさん、ありがとうございマスッ。

    いやァ、そうでしたかァ。先輩に女物のパンツ洗わされるのって、この作品だったんですねぇ。
    以前、ミクシィで尋ねた時には、結局、判らなかったので、ウン十年来の疑問が解けて感激デスッ。

    なにしろ、例のコマ、個人的に影響大でして、実は、アレ見て、高校ではサッカー部パスしようって…。
    洗わされるのは、まだ我慢できても、穿くのはなァ…って。

    あの頃は、純朴だったンですなァ。今じゃあ、時と場合によっては、被るのもOKみたいな気がします。
  • JUN :
    sillazmanさん、被った写真、待ってます!!(爆)
  • 河内賢一 :
    始めまして。「ザ・キッカー」子供のころに読みました。
    サッカー少年だった私には、サッカー王国静岡、藤枝が強烈な印象でした。
    現在は大阪で教員となり中学生の指導者になっています。
    縁あって20年程前から静岡のチームと交流もするようになり、藤枝市にも毎年行っています。
    さて、「ザ・キッカー」を手に入れたいのですが、現在市販しているのでしょうか?
    入手ルートがあれば教えていただけると幸いです。
  • JUN :
    河内様、駄文執筆のJUNです。
    コメントありがとうございます、お読みいただいているという事実に、本人は喜んでいます(笑)。

    『ザ・キッカー』は現在 廃刊となっています関係上、新刊入手はほぼ不可能かと思われます。
    よって古書入手を選択するしかない状況ですが、現在はインターネットの普及により古書入手はかなり安易となってきています。
    ネット上の古書店を巡るか、ネットオークションにて検索することで、
    かなり高確率でヒットできると思います。

    もちろん時期的に出品されていない時期があったり、あっても商品状態が美品から劣悪な物まで様々、小売値もまた様々です。
    じっくり腰を据えて商品の選定をなされていけば、必ずそれなりに満足できるであろう“ブツ”巡りあえると思います。
    がんばってください(笑)
  • 志太中 :
    小学校のときに、ちょっと見た記憶のある漫画でしたが
    印象は強烈でした。私は当時「マガジン」だったので他誌は
    あまり見なかった…でもこの漫画だけはなぜか…

    私は
    藤枝中央小学校>藤枝中学校>藤枝東高校
    と進んだので、作中の
    「国枝中」「国枝東」に驚き「西まん津」←「まん」は万か満?
    に笑った記憶があります。子供ごころに「藤枝が漫画になってるw」って、
    30年以上前ですが、高校での講演会に岡野俊一郎氏が招かれていました。当時はみんな「だれそれ?」でしたw
  • JUN :
    こんにちは、志太中さん。

    志太中さんもやはりサッカーをやってたのでしょうか?
    静岡県人は、例外なくサッカーをやってるイメージが‥‥‥ (笑)。

    高校での講演会に岡野さんが?‥‥‥
    岡野さんって、和菓子店舗「岡埜栄泉」の御曹司、当然東京生まれじゃないですか、
    サッカー関係者として招かれたんでしょうねぇ(笑)。
  • 志太中 :
    岡野氏は当時の長池監督を通じてのものでした。
    その長池監督も
    「3年間で一度も全国大会に出られなかった」
    という理由で解任…
    厳しいですね。

    私(サッカー部ではないw)がいた三年間は県大会で
    ベスト4、ベスト4、準優勝
    これで更迭ですから

    で、更迭された翌年は全国大会出場ですから、なんとも。

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