1964年10月、アジアで初となるオリンピックが東京で開催された。戦後10年という驚異的な速さで復興を遂げ、その後経済大国へとの礎となる象徴的な日本の一大イベントのラスト競技、マラソンにて時の円谷幸吉選手が3位銅メダルという感動的なエンディングで国中が沸いた。続くメキシコオリンピックには、好調を維持する期待の君原健二選手が出場ということで、マラソン熱は過熱していた。
次々とオリンピックを想定した漫画群が発表される。そんな中、1967年週刊少年サンデー(小学館)誌上に連載がスタートした『日の丸陣太』。
(多分)世界で初めてマラソンを舞台設定とした漫画が世に
出る。師、初のスポーツ物である。時代は明治となり武士は刀を捨てて生きることとなる。その一人、鳥羽陣十郎は車夫となり人力車を曳き生計を立てていた。そこから3代続いた車夫の家系、4代目として生を受けた陣太は受け継がれた健脚を買われ九州宮崎のスポーツ振興を唱える学校でマラソンのエースとして単身、寄宿生活をしていた。短絡的で粗野な彼は喧嘩三昧の日々を送っていたが、東京に生活する父の死に落ち込む、しかし4代目を切望されるが拒否、再び宮崎の学校に戻った彼はその性格と行動から結局退学を余儀なくされてしまう。彼の才能に底知れぬモノを感じていたコーチまでもが彼を突き放し‥‥‥ 陣太の復活はあるのか、ライバルとの対決は。
これが大まかなあらすじだが、お感じのように師お得意のガンアクションとは全く無縁の作品で完璧スポーツ物であるのだが、師の作品にはスポーツ物もこの後それなりの数が発表されている。その作品群全体を通して言えることは、俗に言う「スポ根(スポーツ根性)物」ではなく、まず「ドラマ」として構築されているという事実である。
紆余曲折ありながらも一つの目的に向ってそれを成し遂げていく主人公の姿が、家族、友人、知人、置かれた環境などの周辺をしっかりとリアルにドラマとして描いていく。いや、スポーツという衣を纏っているだけで、本題はそちらなのだ。
SFチックな魔球じみたものは登場しない、化け物じみた敵キャラも登場しない。それは同ジャンルの大多数の中にあって地味という形容を被せる輩もいるやもしれない。しかし本題は『負けるな!諦めるな!立ち向かえ!』だとすれば、スポーツという衣を纏ったことでより身近に自然に読者である子供たちに伝えることができるのだと考える。
この『日の丸陣太』にはスポーツ物のクライマックス・シーンであろうライバルとの対戦シーンは全編で前半にただ一度あるだけ、それもそのライバルに情けないほどコテンパンにしてやられる。他は亡き父との情愛、身辺を彩る人々との交流、そして陣太の成長が‥‥‥ 残りは孤独な修練にページは費やされる。孤独な戦いと言われるマラソンという設定の中、強いて主人公 陣太の心情、環境などに焦点を絞り、描きあげていく形は素晴らしく「ドラマ」として読者は入り込んでいく。
物語ラストに用意されているエピソードは象徴的である。ライバルとの対決シーンではない、ましてや公式の競技大会でもない。真夜中の街、その静寂の公道を陣太はたった独り、孤独の中で走り続
けるのだ。存在せず目に見えぬライバルのうしろ姿を追い、冷酷に刻まれていく「時」という敵と「己」という最大の敵と戦いながら、漆黒の闇の中をただ独り走り続ける。走る、走る、走る、走る、走る‥‥‥
負けたくない、諦めない‥‥‥ その思いだけで孤独な戦いを続ける。
胸が熱くなるシーンである。
先生の言いたかったことがこのシーンに凝縮されているからだ。
このエピソードだけで読者である子供たちにどれほどの思いを植えつけたのだろうか?それは私自身が体現させられている。
幼い頃、殆んど漫画を読む機会のなかった私なのだが、なぜだかこの作品に関しての記憶があった。失礼ながら師の作品とはまったく承知していなかったのだが、後々師のファンとなり「サンコミックス(朝日ソノラマ)」版を購入し「これは!?」と脳裏にあったものが覚醒された。この孤独の戦いのシーンは子供心にも忘れられぬ教示を植えつけてくれていたのだ。
ただ「走る」という地味な(失敬)スポーツを敢えて取り上げた師だが、そこは望月三起也、例の如くテンポのよい展開に三次元を思わせる構図、読者を飽きさせないエピソードを次々と積み上げてお得意の‥‥‥ いや、真髄の「動く漫画」で最期まで攻めてくる。これは多くのアクションもので培った、まさに望月流スポーツ漫画を見せつける。それだけではない、前述したように主人公の周辺描写の中で父との情愛が描き込まれていくのだが、ここも目頭が熱くなってくるエピソードが網羅されている。父と子の想いを描いたものとしてその後『突撃ラーメン』が思い浮かぶが、まさしくここにその原型が存在する。
はて?原型と言えば、こんなエピソードも存在する。

主人公陣太をプロ選手として囲いたいある企業が、契約をするよう脅しを掛けてくるエピソードの中で、鉄条網に縛られてクルマの後部座席に転がされるシーンがあるのだが、これもその後に壮絶なシーンとなって利用されている。
『薔薇のイブ』がそれである。
先生に言わせれば、「重箱のスミをつつくンじゃないよ!」とお怒りなのだろうなァ(笑)。
でも、そんなこんながファンにとっては楽しいのです。お許しください。
ついでに重箱のスミを突かせていただくと、車屋稼業初代の名は「鳥羽陣十郎」と名乗っているのだが、主人公陣太の姓名は「大和陣太」というのだ。これはきっとどこかの代で、養子となったか、ご内儀の姓を名乗ったのだろうと解釈しているのだ(笑)。
しかし今回この駄文を書くにあたって『日の丸陣太』を再読したのだが、師の作品に年代に於ける古さを感じないのはなぜなのだろう。私がファンだから?‥‥‥ 確かにそれもあるだろうが、決してそんな小さな部分ではないことは、一度でも師の作品を手にとって頂いた方々には充分に理解できているだろう。普遍的なテーマがそこにあるからだと。
今作に限れば、父と子の愛であったり、克己を貫く精神力であったり‥‥‥ そして作品全体に充満するエンタ
ーテイメント性だ。それこそ望月三起也、画業49年のテーマである信念じみたものがそこここに見えるからだろう。読後、「楽しめたかい?」と望月先生が問い掛けてくる。
「うん」と、うなずくと大きな笑い顔が見えてくる。そんな望月作品に古さを感じる訳がないのである。
2009.11.1 JUN
『日の丸陣太』
週刊少年サンデー(小学館)1967年第1号~第23号
サンコミックス(朝日ソノラマ)1968年初版刊行
JUN さんのプロフィール
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_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/ 今回の「日の丸陣太」についてのコメントは、 コラム「言いたい放題」の方に詳しく書かれていますのでご覧ください。 _/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/ |
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2009/11/06 at 11:01 PM
当然、自分自身の決定なのだが、実は半分は「土山しげる」先生の一言にあったのです。
望月先生の作品話しをしている中で、土山先生から出てきたこの「日の丸陣太」、
いつかは書くつもりでいた私だったが、土山先生にとっても思い入れのある作品と知り、
「よし、ンだば書くべ!」と決定。
ファンのみなさん、土山先生、どうでしたでしょうか?
うまく作品の持つ魅力を伝えることができたでしょうか?